「中流の復興」

 「中流の復興」(小田実 NHK出版生活人新書224)読了。2007年7月30日、小田実氏が逝去されました。心からご冥福をお祈りします。
 氏については、以前に拙ブログで紹介しましたので、くりかえしません。あえて言えば、理念やイデオロギーにたよらず、普通の人々の力で日本そして世界を真っ当なものに変えられるという信念をもちそれを先頭に立って実行された稀有な作家です。本書が「白鳥の歌」になってしまうのでしょうか、もう彼の生きのいい油っこい文章が読めないのかと思うと無性に悲しい。しかし彼が発してくれたメッセージと、実際に起こしてくれたアクションは消えません。あとは私たちがそれを真摯に受け止め、引き継いでいくだけです。目標はシンプルです。戦争をなくし、ほどほどの自由と豊かさを世界中に築くこと。
 本書でも、死を自覚し目前にしながらもエネルギッシュにその具体的な手立てを述べられています。一般市民と議員が協力して法案を提出すべきだという市民=議員立法の推進、大学まで公教育は無償にすべきだという主張、自衛隊の災害救助隊への改変、日本は良心的軍事拒否国家になるとともに、小国であることを自覚し他の小国と非同盟関係を結ぶ必要性(氏曰く「貧乏人融通同盟」)。それを実現するための手立てとしてずっと氏が主張されてきたのが、直接民主主義です。選挙だけにたよるのではなく、ある問題に対して共通の関心を持つ市民が三々五々集まってデモ行進を行ない、自分たちの主張や意見を叫ぶこと。べ平連において氏が実践されてきたことです。選挙とデモ、この両輪があいまってはじめて民主主義が十全に機能する。いかにして明るく楽しく健康的で、しかも問題点を鋭く抉るようなデモ行進をつくりあげられるか、これは私たちに氏から課せられた大きな宿題ですね。
 そして世界中でおきている民衆への人権侵害に目をつむらず、知ろうとすること。本書の最後で、氏も参加された恒久民族民衆法廷(PPT)が告発している、フィリピンの現状および判決文は必読です。被告はアロヨ政権とブッシュ政権。「対テロ戦争」を口実に、市場指向・利潤指向のグローバリゼーションがフィリピンの人々の平和な暮らしをいかに脅かしているか、これは決して他人事ではありません。われわれを奈落の底に突き落としている「格差社会・監視社会」もこうした動きの一環だととらえたほうがいいでしょう。

 最後に教育問題です。「教育再生」と称して、安倍伍長たちが子供たちの心の中に愛国心と競争心をすりこもうとしていますが、小田実氏はこう語ります。銘肝します。
 人間は基本的にこの世界に競争するため生れてきたのではない。お互いの人生を満喫しながら、社会を発展させるために、そこで生きるために生れてきた。教育は、その自由な人生を満喫するための土台づくりとしてある。
 追記。本書で、栗原貞子氏の衝撃的な詩を知りました。原爆投下について、われわれは戦後の歴史において本気で考え受け止め、そして平和のためにその経験を生かそうとしてきたのかを鋭く問いかける重い重い作品です。
〈ヒロシマ〉というとき
〈ああ ヒロシマ〉と
やさしくこたえてくれるだろうか
〈ヒロシマ〉といえば〈パール・ハーバー〉
〈ヒロシマ〉といえば〈南京虐殺〉
〈ヒロシマ〉といえば 女や子供を
壕のなかにとじこめ
ガソリンをかけて焼いたマニラの火刑
〈ヒロシマ〉といえば
血と炎のこだまが 返って来るのだ

〈ヒロシマ〉といえば
〈ああ ヒロシマ〉とやさしくは
返ってこない
アジアの国々の死者たちや無告の民が
いっせいに犯されたものの怒りを
噴き出すのだ
〈ヒロシマ〉といえば
〈ああ ヒロシマ〉と
やさしくかえってくるためには
捨てたはずの武器を ほんとうに
捨てねばならない
異国の基地を撤去せねばならない
その日までヒロシマは
残酷と不信のにがい都市だ
私たちは潜在する放射能に
灼かれるバリアだ

〈ヒロシマ〉といえば
〈ああ ヒロシマ〉と
やさしいこたえがかえって来るためには
わたしたちは
わたしたちの汚れた手を
きよめねばならない

by sabasaba13 | 2007-08-29 10:15 | | Comments(0)
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