「武士から王へ」

 「武士から王へ -お上の物語」(本郷和人 ちくま新書682)読了。ひさかたぶりに世界の片隅で大きな声で叫びましょう。
お薦めっ
 今年も硬軟清濁長短悲喜いろいろな本を手当たり次第に読んできましたが、2007年のベストワンに推挙します。日本中世における王権とは何か? 頼朝から戦国大名を経て、徳川幕府が完成するまでのプロセスを、貨幣経済の浸透、海の民の活躍、一神教のインパクトなどさまざまな観点から読み込んだ力作です。などと書くとまるで新書のカバー裏の解説を書き写したみたいで味気ないのですが(実際そうなのですが)、とんでもない。中身はボイルしたての上質なソーセージのようにみっちりと肉がつまり肉汁にあふれた美味なるものです。

 私なりの理解では、著者の意図は、武士の台頭(12世紀)から江戸幕府の成立(17世紀)までの時期を貫く歴史の太い流れを、武士が「王」へと変わる過程を中心に描こうというものです。しかもそれを新書、わずか236ページで! 何という力業、そして志の高さ。その分析のための道具として著者が使用する語が「王権」です。さて「王権」とは何か? [第一の定義] 王権とは、周囲に従属を要求し、かつ他者の助力を必要としない自立した権力体である。[第二の定義] 王権とは統治者として自らを律する存在である。「王であろう」とすることは、よりよく統治しようとする意欲に他ならない。各地の武士たちが、土地に対する事実上の支配権を手に入れるために強い武士に従属していった結果として鎌倉幕府が成立し、13世紀に爆発的に貨幣経済が浸透して「銭」と「もの」の価値が高まると流通の統制を重視して京都を拠点とした室町幕府が成立する。そして民衆を含めた領域の「王権」であろうとする戦国大名が登場する。この王権は、忠誠を以てタテに築きあげられた主従関係、つまり巨大なピラミッドです。著者はこれをその形状から「ツリー(樹木)」と表現します。これに対して、自らが生みだした利益を守るために武士との戦闘をも辞さぬ村落が、室町期に現れます。いわゆる「惣村」ですね。そこに「仏の救済における平等」を説く一向宗が浸透し、地域を越えて荘園さらには一国単位での連携が生まれていく。現実世界での王を必要としない巨大なヨコの連携。筆者はこの構造をその形状から「リゾーム(根茎)」と表現します。この広がりに対抗するために、戦国大名も国や地域を越えて王権を伸張しなくてはならなくなった。そして全国の王権たることを指向する織豊政権、それを受け継いで江戸幕府が生まれていく。なおこの時期に浸透するキリスト教を、絶対者への献身とその前における平等という観点から一向宗と同根のものととらえ、島原の乱を王権に存在を否定されたリゾームの最後の戦いであったとするのは卓見だと思います。そして本書は次の言葉で閉じられます。 自立=何事にも頼らない王権。自律=全国を等しく統治する王権。…「タテ」を人間関係の基調とする王権。全国に拡散していた王権は一つに統合され、日本という国家が創出される。そこではすべての国民が将軍の王権に服する者として位置づけられるとともに、王である将軍はすべての国民に対して責任を負う。身分の高下を受け入れれば、とりあえずは平和で、安全な社会。海外との交渉をいったん途絶し、自己を見つめる社会。宗教が精神的な自己主張をしなくなり、生活習慣にとけ込んでいく社会。唯一の王権が君臨し、かつ統治する新しい日本が生まれる。そして、中世という時代が終焉を迎える。

 稚拙と謗られるのは覚悟の上の要約です。それにしても、歴史の根幹を見事に摘出した見事な手際に驚くとともに、それを書として上梓した覇気には頭が下がります。おそらく歴史学会からは「粗雑」とか「荒唐無稽」とかいう非難が浴びせられるでしょうが、それを恐れずに何故本書を書いたのか。「あとがき」で述べられていますが、将来を担う若者が日本史を嫌うという現実、夢と希望を紡ぎ出すような歴史叙述の欠落に対する危機感だと思います。そしてその責任は、暗記授業が有効であるような入試問題しか出してこなかった、そして暗記の先にある豊かな稔りを明示し得なかった研究者=大学教員にあると氏は断罪されています。(何という勇気!) 専門分野に閉じこもり視野狭窄に陥っている日本史研究者に対する氏の批判は、臓腑を抉るような言葉としてあふれだします。
 他分野の研究者と平易な言葉で語り合えない。それは禁欲的で専門的なのではなく、ただの無能力である。自己の怠慢を開き直る恥知らずである。
 以前に紹介した「西洋音楽史」の中で岡田暁生氏が言われていた、『門外漢に理解できないような「歴史」に、いったい何ほどの意味があるのだろうか』という言葉を思い出します。夢と希望と稔りをもたらす歴史をみんなで共有する。ゴマメの如き微力ですが、私も拙ブログを通してそうした動きの一翼に連なっていけるよう精進するつもりです。

 一つだけ注文をつけたいのですが、グローバルな動きとの関連についての言及が物足りません。専門分野への引きこもりという視野狭窄からはものの見事に脱却されていますが、「日本史」への引きこもりという視野狭窄にとらわれているというのは言い過ぎでしょうか。例えば、なぜ13世紀に列島で爆発的に貨幣経済が浸透したのか? これは世界規模での動きを視野に入れないと、わからないと思います。私は、この時期に起きた世界の東西における物流の活発化と経済発展がその後景にあると理解しています。具体的に言えば、金によって南方に追われた宋による江南の開発と繁栄が、元の南北統一と自由化政策で一段と進み、東南アジアの香料への大量の需要を生み出したこと。そして東西を結びつけ、通商を重視・保護したモンゴル帝国の世界経営戦略。一方ヨーロッパでは、11世紀以来の農業生産の大発展が、アジアの香辛料への新しい需要が生まれます。こうした経済活動の結節点として東南アジアで交錯が浮上し、"海のシルクロード"が成立する、それが13世紀という時代だったと考えます。他の時代についても同様に、つねにグローバルな動きに対する分析を重視すべきでしょう。「日本史」を「世界史」の一部として捉えなおさないと、歴史研究は豊かな稔りへと結実しないのではないかな。著者の博識と力量、そして何よりも高い志でしたら、十分に可能だと思います。(ど素人の妄言、ご海容を)

 追記。「あとがき」の掉尾を飾る言に、思わず緩頬してしまいました。本郷氏の優しくユーモラスな人柄をしのばせるチャーミングな一文です。
 最後に、…本郷恵子氏の日々の忍耐強くかつ圧倒的なご教導に厚くお礼申し上げる。ぼくのお嫁さんになんぞならなければ、何不自由ない優雅な奥様になれたのにね。本当にごめんなさい。

by sabasaba13 | 2007-12-31 07:10 | | Comments(0)
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