「日本人と戦争責任」

 「日本人と戦争責任 元戦艦武蔵乗組員の「遺書」を読んで考える」(斎藤貴男・森達也 高文研)読了。渡辺清氏のことは何冊かの本を読んで知る機会がありました。海軍に志願し戦艦武蔵乗組員として九死に一生を得、その体験をもとに戦争や天皇制に対する痛烈にして徹底的な分析と批判をなされてきた方です。たしか「砕かれた神」(岩波現代文庫)を購入したはずなのに行方不明、今捜索中です。さてその彼の「遺書」をもとに、斎藤貴男・森達也両氏がアジア・太平洋戦争についての対談を記録したのが本書。渡辺氏の主張の核心は、戦争は終わったが、戦後は終わっていないという点に尽きると思います。要するに、戦死者の巨大な空白と沈黙から何かを学び取りそれを十全に生かすことによって真の意味で戦後は終わる、しかしわれわれはそれを果たしていないということでしょう。言い換えると、あの無謀にして愚劣な戦争の仕組みと構造をしっかりと分析し、責任の所在を明らかにし、そして二度と繰り返さないように最善の努力をすること。
 この彼の遺志を受け継いで、斎藤・森両氏は歯に衣着せず語り合います。「戦中派」世代の経験の継受、天皇制、政治家や官僚を縛る憲法の必要性、「靖国」問題、底なしの無責任感覚、思考を停止させるための様々な装置、他人を見下す人間の心性、メディアの「わかりやすさ症候群」、など論点は多岐にわたりますが、基本的にあの戦争を起こしたシステムや心性は変わっていないという結論です。中でも語りのはしばしからあふれてくるのは、主体性の欠如という問題です。「自分の頭で考えて、行動すること」、その欠落があの戦争を支え、そして今でもわれわれは確立することができないでいる。これに関しては竹内好氏の臓腑を抉るような言葉が紹介されています。
 こうした主体性の欠如は、自己が自己自身でないことからきている。自己が自己自身でないのは、自己自身であることを放棄したからだ。つまり抵抗を放棄したからだ。…放棄したことは、日本文化の優秀さのあらわれである。(だから日本文化の優秀さは、ドレイとしての優秀さ、ダラクの方向における優秀さだ。)…

 日本文化では、伝統のなかに独立の体験をもたないのではないか、そのために独立という状態が実感として感じられないのではないか、と私は思う。外からくるものを苦痛として抵抗において受け取ったことは一度もないのではないか。自由の味を知らぬものは、自由であるという暗示だけで満足する。ドレイはドレイでないと思うことでドレイである。
 平和のための核武装というスローガンが平然と選挙公約に掲げられる昨今、渡辺・斎藤・森氏の言葉に耳を傾けてみませんか。一度酷い目に会ったら、そして他者を酷い目に会わせたら、いいかげんに懲りましょうよ。

 追記。渡辺氏の言葉です。
 変な言い方ですが、ほんとのおそろしい敵は日本人でしたね。それはぼくらの身近にいる兵長であり、下士官であり、士官だった。いわば味方の中の敵、その敵のほうがほんとうにこわかったですね。とにかく軍隊におけるほんとのおそろしい敵は日本兵だった。アメリカは抽象的な敵だった。目に見えないものですから…
 こうした視点には気づきもしませんでした。沖縄戦で沖縄の人々が体験した事態であることは知っていましたが、軍隊内部でもお互いが恐るべき敵であったという経験者が語る事実。アジア・太平洋戦争の本質を考える上でも重要な視点だと思います。
by sabasaba13 | 2008-02-19 06:08 | | Comments(2)
Commented by 高文研・真鍋 at 2008-03-26 22:21 x
高文研・真鍋です。
お礼のコメントを書き込むのが遅くなってしまい、申しわけありませんでした。
書評が少なくて寂しい思いをしていましたので、本当にうれしかったです。
ありがとうございました。
長崎県大村市の「看板」の記事も含めて、森達也さんにこちらのサイトの紹介をさせていただきました。

またまた宣伝になりますが、昨年12月に『石碑と銅像で読む近代日本の戦争』を出版しました。幕末からアジア太平洋戦争まで、忠魂碑的なものはなるべく避け、後世の日本人が戦争を考える上で重要だと思える石碑や銅像を集めてみました。
機会があればお手に取っていただければと思います。
本当にありがとうございました。
Commented by sabasaba13 at 2008-04-01 18:20
 こんばんは、とんでもありません。こちらこそ拙い書評を読んでいただいて嬉しく思います。貴社の志の高さには、つねづね敬服しております。これからも時流に流されない良書をどんどん出版してください、微力ながら応援します。

 なお『石碑と銅像で読む近代日本の戦争』ですが、すでに購入済みです。しかし読みたい本がたまりにたまっていて、つん読状態になっております。申し訳ありません。読了したらまた書評を書きたいと思います。
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