「オリエンタリズム」

 「オリエンタリズム(上・下)」(エドワード・E・サイード 平凡社ライブラリー)読了。さまざまな学問分野や学者・知識人に知的衝撃を与えた大作、しかし最初の一歩が踏み出せずしばらく机上に積んでありました。やっと踏ん切りをつけて読み始めたら、後は一気呵成、難解な表現に時々戸惑いながらも読み通せました。ここはいっちょ、蛮勇をふるって書評を書いてみましょう。
 さてオリエンタリズムとは何ぞや? ここはまず著者に語ってもらいましょう。
 オリエンタリズムとは、東洋的とみなされる問題、対象、特質、地域を扱うさいのひとつの習慣にほかならず、これを行う者は誰であれ、自分が語り、考える対象を、ある言葉や言い回しによって指示し、命名し、固定する。すると今度は、その言葉や言い回しが現実性を獲得し、あるいはもっと単純に、それが現実のものとみなされるようになるのである。
 ヨーロッパの文明と言語の淵源であり、ヨーロッパ文化の好敵手であり、またヨーロッパ人の心のもっとも奥深いところから繰り返したち現れる他者イメージでもあったオリエント。ヨーロッパ人は、古代以来、この異質で曖昧な未知のオリエントを把握するために、さまざまなイメージで表象することにより把握しようとしてきました。その際に、オリエントにはマイナス・イメージを、ヨーロッパにはそれと対になるプラス・イメージを貼り付けます。オリエントは後進性・奇矯性・官能性・受動性・被浸透性、ヨーロッパは先進性・正常性・理知性・能動性・浸透性、という具合に。そしてこうしたイメージをもとにしたオリエント学が19世紀に成立し、やがて政治権力と協力しながらオリエントの植民地化を進めていく。野蛮で後れた東洋人は征服されることを必要としており、西洋人によるオリエントの植民地化は、征服ではなく解放なのだとする主張が、何の疑問もなく受け入れられていきます。言わば、人種差別主義と反人間的イデオロギーを内に含み、他者・異文化を文化的ステレオタイプの枠の中に押し込み、政治的帝国主義の走狗となる学問・知の体系・ものの見方、これがオリエンタリズムだと思います。そして20世紀になると、さすがにこうした主張は声高に叫ばれなくなりますが、イスラム・アラブ世界に対してはいまだ執拗にまかり通っているというのが著者の考えです。アラブ・パレスティナ人である著者にしてみれば、最悪の状況にあるパレスティナ情勢に対して見て見ぬふりをする各国の態度の背後に、オリエンタリズムの影を感じざるをえないのでしょう。

 第一章では、いかにしてオリエンタリズムが、古代以来、ヨーロッパの文化一般のなかで受け継がれてきたかについての考察。第二章では、十九世紀にいかにして近代的な専門用語と職業的慣習とが確立され、それらがいかにしてオリエントについてなされる言説を支配するようになっていったかについての考察。そして第三章では、以上をふまえての、20世紀におけるオリエンタリズムについての考察です。何よりも、著者の博覧強記には頭を垂れます。アイスキュロス、ダンテ、シャトーブリアン、ラマルティーヌ、ネルヴァル、フローベール、シルヴェストル・ド・サシ、エルネスト・ルナン、マルクス、レイン、ギブ、マシニョン、グルーネバウム、ルイス、ナポレオン、バルフォア、レセップス、クローマー、キッシンジャー、T・E・ローレンスといった文学者・学者・政治家の著作や言動を縦横無尽に引用しながら怜悧に分析するその手際には感服します。(ちなみに私が聞いたことがある人名は12/20…) そして「これは科学でも知識でも、また理解でもない。それは力の言明であり、自分が他の誰よりも絶対的権威を帯びているとする主張である」と主張し、支配的・威圧的な知の体系の終焉をめざそうとする高い志。ではそれに代わる知の体系はどのようなものか、どうしたら構築できるのか。著者の示す方向性を引用します。
 我々は文化をいかにして表象することができるのか。異文化とは何なのか。ひとつのはっきりした文化(人種、宗教、文明)という概念は有益なものであるのかどうか。あるいは、それはつねに(自己の文化を論ずるさいには)自己賛美が、(「異」文化を論ずるさいには)敵意と攻撃とにまきこまれるものではないのだろうか。文化的・宗教的・人種的差異は、社会=経済的・政治=歴史的カテゴリーより重要なものといえるのだろうか。観念とはいかにして権威、「正常性」、あるいは「自明の」真理という地位を獲得するものなのだろうか。知識人の役割とは何であるのか。知識人とは、彼が属している文化や国家を正当化するために存在するものなのだろうか。知識人は、独立した批判意識、つまり対立的批判意識にどれだけの重要性を付与するべきなのだろうか。
 読後、いろいろと考えさせられました。
 19世紀、ヨーロッパによる世界の制覇は、えてして強大な軍事力と経済力によるものと言われてきました。実は先日読み終えた「興亡の世界史15 東インド会社とアジアの海」(羽田正 講談社)に「文学と書籍、地図によって外国に関する情報を蓄積することは、この時期(※17世紀)のヨーロッパ諸国の知識人たちに見られる大きな特徴である。ある言葉で記された情報はすぐ他の言葉に翻訳され、出版された。その際に、活版印刷術の獲得が大きな意味を持っていた…」「この時期の北西ヨーロッパの人々は、新規なものに対するあふれんばかりの知識欲とそれを多くの人たちで共有しようとする明確な姿勢を持っていた」という一節がありました。何気なく読み飛ばしてしまったのですが、本書によってその意味するところの重要さに気づきました。他者や異文化を観察・分析し、それをテクストにして共有する。それがヨーロッパの「強さ」を導いたのではないか。それでは、何故ヨーロッパだけにこうしたことが可能だったのか。いろいろと考えてみたいですね。
 また西洋によって語られ操作される対象であった近代日本が、やがてアジアを語り操作する側に自らの位置を変えていく。「近代日本におけるオリエンタリズム」について分析・考察する必要性は大でしょう。著者はオリエンタリズムを象徴する言葉として、マルクスの「彼ら(フランスの分割地農民のこと)は、自分で自分を代表することができず、だれかに代表してもらわなければならない」(『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』より)という言葉を引用されていますが、これは大東亜共栄圏の発想そのものですね。そして今の我々が、こうした支配的・威圧的な考え方/見方を払拭できているのかどうか。
 さらに教育基本法改悪によって、これから猖獗をきわめそうな愛国心・ナショナリズムについて。著者の言です。
 「ヨーロッパ」と「アジア」、あるいは「西洋」と「東洋」という年古りた区分は、人間の多様性に由来するありとあらゆる差異をば、はなはだ大まかなレッテルのもとに家畜の群を分けるように作用して、その過程で人間をひとつかふたつの究極的で集合的な抽象概念に還元してしまうのである。
 「日本人」という"究極的で集合的な抽象概念"で私たちを括り上げ、その優秀性・卓越性を無邪気に無頓着に称揚する動き、これもオリエンタリズムの一種だと思います。こうした"精神によってつくり出された手枷"は驚くべきほどたやすくつくられ、応用され、保護されると著者は警告しています。さて私たちはこうした状況を、どう考え、どう行動していくのか。

 著者の死を悼むとともに(2003年逝去)、その志の万分の一でも引き継いでいきたいなと思います。どのようにしたら他者を抑圧したり操作したりするのではない自由擁護の立場に立って、異文化を知ることができるのだろう。
by sabasaba13 | 2008-03-16 07:35 | | Comments(0)
<< マタイ受難曲 肥前編(14):諫早(07.9) >>