「滝田ゆう傑作選」

 「滝田ゆう傑作選」(滝田ゆう 祥伝社)読了。「寺島町奇譚」を読んで以来、彼のファンです。彼が第二次大戦中の少年時代に暮らした寺島町(現東京都墨田区)の街の様子や人々の暮らしを、しみじみと描いた傑作漫画だと思います。ここには「三丁目の夕日」のような「美化」も「四丁目の夕日」のような「醜化」もありません。良い人も悪い人も、喜びも悲しみも、みなひっくるめて懐かしい、という作者の郷愁の思いが伝わってきます。無闇やたらと昔を賞賛する趣味はありません。しかしこの漫画を読み、そして自分の実体験からも感じるのですが、かつては子どもと街の大人の接点および子どもだけの世界があったと思います。働く大人たちを身近に見、いろいろな手伝いをさせられ、そして大人たちに叱られ誉められる。一方で、大人が介入しない子どもだけの遊びの時間と場。その中で主人公のキヨシは、成長してるんだかしてないんだかよく分からないけど、何となく大人に一歩ずつ近づいていく。この時代だけではなく、世界中の子どもたちがかつてみなこうだったような気がします。そうした情景を、声高なメッセージを押しつけることなく、至極当然のように淡々と描いているのも、この漫画の魅力です。
 ひるがえって考えると学校と塾と家庭に囲い込まれ、子供だけの世界を失い、街との触れ合いを奪われた今、子供たちはどうなるのか? これは壮大な人体実験かもしれませんね。
 そして滝田氏の描写力にも感心します。スクリーン・トーンをほとんど使わず、手書きの繊細な線だけで街の光景を描ききっているのですね。夕闇、夏のぎらつく光、薄暗い台所や蚊帳の中などの影と光、そして壁や塀などの木目。お見事です。氏の耳の確かさも注目ですね、手書きの文字による擬音語が生き生きと踊っています。タバタバタバ(鍋がふきこぼれる音)、サタサタサタ(小雨が降る音)、カパーン(銭湯で響く桶の音)、シーコンシーコンシーコン(レコードが終わり針がこすれる音)、バンッバンバンバウーンー(犬の鳴き声)などなど。
 本書は「寺島町奇譚」から四篇と、「泥鰌亭閑話」「滝田ゆう歌謡劇場」からの抜粋で構成されています。彼の入門書としては最適ではないかな。なお「寺島町奇譚」全編を読みたい方は、ちくま文庫におさめられています。寺島町を焼き尽くした米軍による無差別爆撃の業火は、最後の「蛍の光」で読むことができます。
by sabasaba13 | 2008-04-17 06:07 | | Comments(0)
<< 「村上ソングズ」 「新編 百花譜百選」 >>