京都錦秋編(3):大山崎離宮八幡宮(07.12)

 午前六時ごろに二人とも眼が覚め(歳をとったなあ…)、山ノ神は川へ洗濯ではなく、展望風呂へ。私は山へ柴刈りではなく、KBSで本日の天気をチェック。午前中は晴れ、午後は曇り時々雨という予報です。朝食をとり部屋でくつろいでいると、九時ちょっと前にフロントから貸し自転車屋さんが来ているという連絡がありました。きっちりと約束を守ってくれるのが「京都見聞録」のいいところ、大変助かります。自転車を二台受け取り、ホテルの駐車場に置かしてもらうことにしましょう。事前の予約で、午前十時半に来るよう妙喜庵から指定されたので、そろそろ出発です。五条駅から地下鉄に乗ってJR京都駅へ。時間があるので、窓口で噂のICカード型乗車券「イコカ」を購入することにしました。いつものようにホームに鎮座する郵便ポストをいぶかしげに眺め、東海道本線に乗り込むと、十五分ほどで山崎駅に到着です。
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 このあたりは両側に山が迫る桂川・宇治川・木津川合流点で、昔から交通の要所として知られたところ。1582(天正10)年に羽柴秀吉が明智光秀をやぶった"山崎の戦い"が行われたところです。なお、その主戦場となったのが、今では慣用句となっている天王山。そして筒井順慶が日和見をして、光秀を裏切ったという「洞ヶ峠(を決め込む)」という故事成語もありますね。なお洞ヶ峠に来たのは光秀で、すでに裏切ることを決めていた順慶がいなかったというのが真相のようです。筒井康隆が「筒井順慶」という小説を書いているので、いつか読んでみましょう。彼は筒井順慶の子孫なのかな。
 さて駅前に出て後ろを振り返ると、見事に天王山が色づいていました。ここの駅舎は、青い瓦のマンサール屋根のキュートな物件です。どうやら戦前に建てられたもののようです。駅の大阪方の曲線(通称サントリーカーブ)は鉄道写真撮影のメッカとして有名だということ。へえー、いろいろな世界があるものですね。さて妙喜庵はどのあたりでしょう、駅前の観光地図を見ようとすると… あった。駅のすぐ前でした。
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 約束の時間までまだ一時間弱あるので、附近を散策することにしました。まずはこれも駅に近い離宮八幡宮へ。
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 懐かしいなあ、日本史の受験用知識として頭につめこんだ甘酸っぱい思い出が胸にこみあげてきました。「詳説日本史B」(山川出版社)を繙くと、「大山崎の油神人(油座)は、石清水八幡宮を本所とし、畿内・美濃・尾張・阿波など10カ国近い油の販売と、その原料の荏胡麻購入の独占権を持っていた」とあります。境内に入ると、色づいた楓が数本、やはり十二月に来て正解だったようです。油関係の物件としては、「本邦製油発祥地」という石碑、「油祖像」という油商人の銅像、そして「油脂販売業者の店頭標識」がありました。この鳥除け目玉のような標識はお目にかかったことはないのですけれど、そんなに普及しているのですかね。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2008-05-25 08:38 | 京都 | Comments(0)
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