「官僚とメディア」

 「官僚とメディア」(魚住昭 角川oneテーマ21)読了。かなり前に「ご臨終メディア」を取り上げて、瞬間消臭スプレー(無香料)を小脇に抱えながら読まないと、現代日本のメディアが漂わせる屍臭・腐臭・腐卵臭に鼻が曲がってしまうと書きましたが、どうやらそれでは間に合いそうもありませんね。本書は、共同通信社の記者であった魚住氏が、ほとんど脳死状態にある日本のメディアを舌鋒鋭く批判したものです。権力の介入やメディア側の自主規制によって報道がゆがめられるのは日常茶飯事、重々承知しておりますが、ここまで露骨に権力に添い寝をしているとは… 「権力批判の刃を捨てた報道機関は報道機関の名に値しない」という著者の叱責に、満腔の意を込めて賛同します。
 本書で紹介されている二つの事実をして語らしめましょう。まずは姉歯建築士による耐震データ偽装事件です。デベロッパーのヒューザーとゼネコンの木村建設、それに「黒幕」の総研[経営コンサルタント]が共謀して構造設計者の姉歯建築士に偽装マンション、ホテルをつくらせた、と報道された事件ですが、実際は姉歯建築士による単独の犯行で、他の関係者は無実、つまり冤罪であったということです。著者曰く、真の問題は、彼の犯行を十年間も見破れなかったほど、建築確認システムが形骸化し機能しなくなっていたこと、さらに1998年の建築基準法改正に際しての検査業務の民間委託と限界耐力法の導入によってこのシステムが破綻したこと。なお後者はアメリカ政府による市場開放圧力の結果ですね。アメリカ政府は「建築確認の効率化・スピードアップ」を求め、これに応える形で民間建築確認制度が導入されたわけです。(詳細については「拒否できない日本」を参照) つまり、この事件で問われるべきだったのは国土交通省の官僚たちの責任でした。しかし、メディアが「悪のトライアングル」というイメージをつくり、そのイメージに乗っかって当局が生贄としての罪人をつくりだし、結果として国交省の官僚は責任を問われずに無傷でのうのうと生き残る。知ってか知らずか、メディアが官僚の責任回避に加担したわけですね。
 もう一つは、産経新聞大阪本社と千葉日報社が最高裁と共催した裁判員制度のタウンミーティングでサクラを動員したという事件です。著者は、最高裁とパイプを持ち、日本最大の広告代理店・電通の大株主であるうえ両新聞社に記事を配信している共同通信社もからんだ見えないカラクリがあるのではと直観し、取材を行います。詳細はぜひ本書を読んでいただきたので概略だけ記しておきますが、最高裁と電通と共同通信と全国地方紙が「四位一体」でひそかに進めていた大規模な世論誘導プロジェクトだったのですね。最高裁が電通と癒着して違法の疑いが濃い「さかのぼり契約」を結び税金を濫費し、さらに裁判員制度導入のため総額27億円の広報予算が不透明な経過で支出され、その一部が政界に流れた可能性すらあるようです。つまり最高裁は反対意見の多い裁判員制度をスムーズに強行するためにメディアを利用して世論を誘導し、メディアはそれに協力することによって莫大な利益を貪る。06年に電通が最高裁に提出した「仕様書」には下記の一文があるそうです。
 最高裁判所、地方裁判所、主催新聞社(各社、全国地方新聞社連合会)、共同通信社、電通が一体となり、目的達成に向けて邁進する。
 官僚組織とメディアが一体となって世論誘導に邁進する、おお、これは戦前の軍国日本で行われたことですね。それもそのはず、共同通信も電通も、その出自はかつて戦時中の国家総動員体制の中核を担っていた組織なのですね。1936(昭和11)年、日本電報通信社の通信部と新聞聨合社が合併して同盟通信社が発足し、国民の戦意高揚や情報統制に力を発揮、この組織が敗戦後に共同通信と時事通信に分かれます。またこの合併の際に、日本電報通信社から切り離された広告部門が、現在の電通にあたります。権力に寄り添って得られる旨味を骨の髄まで知っているわけですね。

 事態はここまできていました。経営難に苦しむメディア各社は、税金にたかるためにますます官僚組織との癒着を深めていくのでしょう。そして御用メディアとして官僚の意図する方向への世論誘導に邁進していく。もうこれは、権力の介入や自主規制どころではないですね。「再版国家総動員体制」と表現しても過言ではないでしょう。
 さてわれわれは何をなすべきか。権力や官僚に擦り寄るメディアへのボイコットを含む批判と抗議、良心的なメディアへの有形無形・多種多様の支援、そして何よりも「だまされない力=学力」を身につけること。いろいろと考えさせられる本でした、もろ手をあげて推薦します。
by sabasaba13 | 2008-05-30 06:10 | | Comments(0)
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