京都錦秋編(12):智積院(07.12)

 そして東大路通を北上し、長楽寺へと向かいましょう。美味しいパン屋「ゲベッケン」でいくつかパンを仕入れ、智積院の前を走り過ぎようとすると「もみじまつり・ライトアップ」という大きな看板がありました。あれっ、智積院って紅葉の名所だったっけ? でもひさしぶりに長谷川等伯の襖絵も見たいし、ま、物は試し、寄ってみましょう。金堂の前には、つい最近植えたのが一目でわかる楓が林立し、とってつけたような照明が根元に設置されていました。「もうけまっせ!」という意図が見え隠れして興ざめなのですが、これも一種の経営努力なのでしょう。ここはざっと見て、庭園へと行きましょう。
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 うーむ、なかなか良いですね、このお庭は。築山・石組と種々の植込と広い池、そして散在する楓が風情をそえています。さらに池が縁の下に入り込んでいるので、まるで寝殿造の釣殿にいるかのような気分を味わえます。そして拝観客はわれわれと数人のみ。ゆったりとして気分で縁に座りながら、お庭と紅葉を堪能することができました。書院の中から窓ごしに眺める紅葉もまた一興。ここの付書院で書を読み、飽いたら障子を開けて庭を眺める、嗚呼一度味わってみたい至福の一時!
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 そして収蔵庫では、長谷川等伯一派によって描かれた襖絵がわれわれを出迎えてくれます。中でも、等伯描く「楓図」と、彼の息子・久蔵描く「桜図」が双璧ですね。なおこの襖絵にはちょっとしたエピソードがあります。豊臣秀吉が夭逝した愛児鶴松の菩提を弔うために襖絵を描かせようとします。誰に描かせるのか。かたや全盛をほこる狩野派、かたや加賀国七尾からぽっと出の長谷川父子。結局後者が選ばれ、狩野派の牙城を長谷川派が崩すと思いきや、久蔵はこの絵の完成直後にわずか二十六歳で謎の死をとげます。結局才能に溢れた跡継ぎを失ったことで、チャレンジャー長谷川等伯は狩野派に屈したわけです。でも等伯は死ぬ直前に、私思うに日本絵画史上の傑作「松林図屏風」(東京国立博物館)を描いたわけですから、この勝負の勝敗は何とも言えないですね。
 さてさて久しぶりのご対面、色と線の饗宴に、わが眼は喜びでのたうちまわります。ただ、26歳で夭逝した才気あふれる久蔵(狩野派による暗殺という説もあり)、その早すぎる死を慟哭した等伯という逸話を知ってこれらの絵を見ると、言葉にできぬ思いを語りかけてくるようです。

 穴場その四:智積院

 本日の七枚です。
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by sabasaba13 | 2008-06-06 06:12 | 京都 | Comments(0)
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