京都錦秋編(16):金福寺(07.12)

 さて次はすぐ近くにある円光寺に行くのが常識人としての真っ当な道なのですが、意表をついて金福寺を訪れることにしました。実は来よう来ようと思いつつ、未踏のお寺さんなのです。紅葉の隠れ名所という情報を得たので、与謝蕪村の墓参もかねて寄ってみることにしました。詩仙堂の裏道を数分行くと、金福寺に到着です。こちらには松尾芭蕉も幾度か訪れますが後の時代に荒廃、それを惜しんだ与謝野蕪村が再興して現在にいたります。なお井伊直弼の密偵として京で尊皇攘夷派に関する諜報活動を行った村山たか女が出家して住まいした寺でもあります。読んだことはありませんが、舟橋聖一の「花の生涯」が彼女を主人公とした小説だそうです。境内は山の斜面に沿った狭いものですが、美しい紅葉にあふれています。
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 少し坂を上ると、蕪村が再興した藁葺き屋根の芭蕉庵があり、もう少し上ると蕪村の墓があります。勝手に師と仰ぐ蕪村の墓に合掌。
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 彼の切れ味鋭い、イメージを鮮烈に表現した句にはぞっこん惚れこんでいます。なお余談ですが、持参した「京の路地裏」という本にこういう一節がありました。 
蕪村の有名な句「いかのぼり 昨日の空のありどころ」「月天心 貧しきまちを通りけり」にしても、ともに細長い路地から見上げた空を想像しなければならない。「いかのぼり」の句は、京都を余り知らない萩原朔太郎が「蕪村論」でいっているような、ひろびろとした冬の空に上っている凧ではなく、ごく狭い空に偶然見える凧で、今日もまたそこにほどよく上っている情景。「月天心」の句では、天心になければ月は見えないわけで、この句は、あるいは路地より少し幅のある通りだったかも知れないが、いずれにしても京都独特の「空」である。
 うーん、これは卓見ですね。やっと「いかのぼり」の句が表現するイメージが、脳裡で像を結びました。映画監督・吉村氏に感謝。それはさておき、色づいた木々の間から垣間見える芭蕉庵や本堂はなかなか味わいがあります。「吾唯足知」と刻まれた蹲には、散紅葉が優しくふりつもっていました。なお本堂には蕪村筆芭蕉翁像や、蕪村愛用の文台・硯箱が展示されています。観光客も少なく、ゆったりとした気持ちで紅葉を満喫できました。
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 穴場その六:金福寺

 本日の五枚です。
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by sabasaba13 | 2008-06-13 06:14 | 京都 | Comments(0)
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