「書評家<狐>の読書遺産」

 「書評家<狐>の読書遺産」(山村修 文春新書552)読了。三度の飯と同じくらい読書が好きなもので、新しいブックガイドを見かけるとついつい立ち読みをしてしまいます。紹介されている本のラインナップと、ランダムに摘出した数行を読めば、だいたいその書評家の格と志は伝わってきますね。本書は即購入でした。著者の山村修氏は、青山学院大学図書館司書を長く務め、その傍ら夕刊紙「日刊ゲンダイ」に<狐>のペンネームで書評の連載を開始。2003年7月に体調不良のため終了するまで約22年半、1188回の長きにわたって続けられ、800字弱の短い書評ながらもその鋭さ、浩瀚な知識などが娯楽中心の記事の中で異彩を放ち、読書人の間で話題を呼んだ、ということです。(ウィキペディアより) 惜しむらくは2006年に逝去。本書は『文学界』に連載された「文庫本を求めて」からの抜粋です。
 私も下手くそな書評を書き散らしているので、その難しさは多少なりともわかっているつもりです。本の選択、適確ではあるが全てを語らない要約、そのジャンルにおける作品の位置づけ、凡百に陥らない寸評。そして一番大事なのは、その書のもつ魅力を読者に伝えて、一人でも多くの人に読んでもらうことだと思います。(嗚呼、見果てぬ夢よ) 本書はこれらを軽々とクリアし、さらに瑞々しいセロリのような歯切れのよい文で満ち満ちているのですから、脱帽です。例えば、こんな一文はいかが。
 いかなる作家を読むときも、…その低いと思えるところを飛んで(読んで)、クリアした気になってはいけない。
 バーは高きにおくこと。そんなことも、この本に教えられた。
 諸星大二郎は谷川健一を相当読み込んでいるのではないかという指摘や、サッカレー『虚栄の市』に登場する悪女ベッキーを岡崎京子『ヘルター・スケルター』の主人公りりこに模するなど、鋭い着想と、それを支える守備範囲の広い知識・教養にも驚かされます。そして本を愛するゆえでしょう、出版社の手抜きや落ち度には容赦なく「この一冊のどこを探しても底本についての記述が見当たらない。いったい、どんな編集方針なのか」と舌鋒を浴びせます。中でも傑作なのは、「天皇家は百済系だとしか思えない」という三國連太郎の発言に対して…
 進行役(初出は「世界」だから、同誌の編集部だろう)が「三國さんも日本の古代史はお詳しいですね。戦前に叩き込まれた教育ですか…」と、おバカなことをたずねている。だいじょうぶか、「世界」は。天皇家が朝鮮半島からの渡来者であるなどと、戦前の教育で叩き込まれるわけがないじゃないか。
 「編集者がしっかりしないと、いい本が読めないじゃないか」という著者の強い思いに満ちた叱咤激励であると受け取りましたね、私は。
 どこを押してもにゅるにゅると、本、そしてそれに現れる人間の営みへの愛情がにじみでてきます。私にとって大いなる目標、高きバーとなる一冊、お薦めです。

 追記。さっそく『鳥類学者のファンタジア』(奥泉光 集英社文庫)、『娘巡礼記』(高群逸枝 岩波文庫)、『レイチェル』(ダフネ・デュ・モーリア 創元推理文庫)、『諸星大二郎自選短編集』(集英社文庫)、『生物から見た世界』(ユクスキュル/クリサート 岩波文庫)、『河鍋暁斎』(ジョサイア・コンドル 岩波文庫)を購入しました。
by sabasaba13 | 2008-06-24 06:08 | | Comments(0)
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