「つぶせ! 裁判員制度」

 「つぶせ! 裁判員制度」(井上薫 新潮新書254)読了。異議なあし、議事進行! この胡散臭くいかがわしい制度の問題点については、以前に「裁判員制度の正体」で、また最高裁による世論誘導(洗脳?)およびメディアとの癒着については「官僚とメディア」で紹介しました。しかし廃止に向けての動きはまだ盛り上がっていないようですね、早くつぶさにゃと思っていた矢先に本書を見かけ、書名を見て即購入しました。
 著者は理学部卒業後、民間の研究所に勤務、その後独学で司法試験に合格して裁判官を務めて退官し、弁護士として活躍されているという、ちょっと変わった経歴の持ち主です。本書では、真正面から正攻法で裁判員制度の抱える本質的な問題点を指摘されています。「この制度は憲法違反である」という、主張の核となる論点について私なりにまとめてみましょう。まず裁判官の人選システムには民意(国民の意思)は反映されず、また裁判官の決断について民意が介入することもできません。それでは民意が司法の暴走を食い止め、コントロールするための手段はないのでしょうか。最高裁裁判官の国民審査がありますが十全に機能してはおりません。しかし一つだけあります。それは、民意を反映した国会の制定した法令に基づいて裁判をさせることです。日本国憲法第76条3項に「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」とある通りですね。裁判官が法令に基づいて裁判を行うことによって、憲法の重要な原則である国民主権も機能する。つまり裁判担当者は、法令についての基礎知識や素養をもっていることが絶対に必要です。しかし裁判員にはそれがないし、『法律に関する知識』や『刑事裁判の手続』についての裁判官による丁寧な説明だけでは勿論不十分です。よって裁判員は法令に基づかない裁判をするしかない、つまり民意が司法をコントロールできなくなる。これは国民主権の否定であり、明白な憲法違反である。
 他にも、部分判決制度の問題点、裁判員の過重な現実的負担や、被告の人権を侵害する危険性にもふれられていますが、上述の論点がメインです。なお本書で紹介されていたのですが、法律についての基本的な素養がない素人が、真っ当な判決を出せるのかどうかについて、Q&A(最高裁のサイト)で下記のような説明がされています。これが傑作です。
○法律を知らなくても判断することはできるのですか。

 裁判員は、事実があったかなかったかを判断します。裁判員の仕事に必要な『法律に関する知識』や『刑事裁判の手続』については、裁判官が丁寧にご説明します。皆さんも日常生活の中で、何らかの根拠から事実があったかどうかを判断することがあると思います。
 例えば、壁にらくがきを見つけたお母さんが、このいたずらは兄と弟のどちらがやったのかと考える場合、「こんなに高いところには弟は背が届かないな。」とか、「このらくがきの字は弟の字だな。」とか、らくがきを見てどちらがやったのかを考えると思います。
 刑事裁判でも証言を聞いたり、書類を読んだりしながら、事実があったかなかったかの判断をしていくので、日常の生活で行っていることと同じことをしていると言えます。
 いやはやわれわれを愚弄するにも程があります。実際に裁判が行われる重大な刑事事件というのは、それほど単純なものではないのは火を見るより明らかでしょう。私の考えた架空の事件ですが、裁判員として務めた結果、大事な商取引のチャンスを失い倒産してしまった会社社長・綾小路さん(仮名)は妻・二人の娘とともに一家心中を試みるも、本人だけが助かってしまった。復讐の鬼と化した綾小路さんは、この制度導入の中心となった最高裁裁判官・万里小路さん(仮名)を路上で待ち伏せして難詰するが揉み合いとなり、倒れた万里小路さんがたまたま道に落ちていた高野豆腐の角に頭をぶつけて死亡した。さて綾小路さんに対する判決と量刑は? とても「兄弟のらくがき理論」では手に負えません。

 それでは実際に運用された場合、どういう事態が起こると想定されるのか。著者の考えでは、可能性は二つあります。事件の複雑さや法律の解釈・適用の難しさに困惑し、三人の裁判官の判断に追従する。(著者曰く「飾り物・刑事裁判に民意が取り入れられたことを宣伝する人寄せパンダ」)、あるいは、裁判員は職権の独立を裁判員法によって認められているので、法令という客観的な基準ではなく、良心・社会常識・ワイドショーからの影響などといった主観的な基準で判断する。(著者曰く「客観的基準のない第六感裁判」) 私の感触では、前者のケースが大部分を占めるのではないかと思います。その際に、裁判官が自分たちの判断を支持するよう、一見丁寧なしかも巧みな説明によって裁判員の考えを誘導する可能性も十分にあるでしょう。
 
 というわけで裁判員制度の輪郭がクリアに見えてきました。司法が民意を反映させていると見せかけるための人寄せパンダか、あるいは法令に基づかない裁判を横行させるのか、いずれにしてもろくでもない結果になりそうです。国民の八割が消極的なこの制度、早くつぶしてしまいましょう。署名、集会への参加、投書、賛成した政党への不投票、いろいろ手はあるかと思いますが、そろそろ主権は私たちにあるということを官僚の皆様方に懇切丁寧に思い知らせないといけませんね。
 なお「裁判員制度の正体」を読んでも本書を読んでもよく分からなかったのが、最高裁のトップや司法官僚たちがこの制度を強引に施行しようとしている理由です。なぜ民意が司法に反映されていると見せかける必要があるのか。また、国民の裁判に対する関心を高め、気軽に裁判に訴えるメンタリティを浸透させ、そしてアメリカ企業が日本で裁判を起こしやすくするための地ならしにしよう、といった合衆国政府の圧力も考えられますがもう一つはっきりしません。意外と、死刑判決をする際の裁判官の心理的負担を減らしたいという狙いもあるかもしれませんね。

 追記。ここまで無茶のするのですから、最高裁に対して一つ提言があります。「死刑執行員制度」の導入はいかがでしょうか。死刑執行が決まったら、国民の中から籤で「死刑執行員」を一人選び、出刃包丁を渡して刑を執行させるという制度です。賛成・反対を含め、みなさんが、死刑に対して真摯に真剣に考えるための大きな一助になるのではないかなと思ったりします。
by sabasaba13 | 2008-07-02 06:12 | | Comments(0)
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