『「日本は先進国」のウソ』

 『「日本は先進国」のウソ』(杉田聡 平凡社新書424)読了。いかがわしく、おぞましく、えげつない日本の現状については、旅行記や書評でしばしば言及してきました。まったく、どこが先進国なのだろう… しかし本書の背表紙を見て、はたと膝をうちました。はた そうか、日本は先進国ではないと考えればすべての事態が納得できるんだ。本書は、自動車論・民主主義論・セクシュアリティ論を専門とされる杉田氏が、日本は先進国であるという自負(いや傲慢さ)の背後に横たわる環境、労働・社会保障、男女関係、教育、そして政治・行政・司法の現実について広範に指摘するとともに、それをふまえつつ先進国たるための要件を考察した力作です。
 先進国の要件とは何か? 氏は「環境・女性・子ども・国民を第一に考え、他国を脅かさない」と述べられ、日本の近代において内村鑑三、三浦鉄太郎、石橋湛山と脈々と流れてきた「小国主義」という発想を受けつぐものだとされています。工業化が進み、経済が発展し、国富が蓄積されただけでは先進国とは言えない。それが国民の、中でも特に弱い立場にある人の福利に益され、環境保護のために利用されてこそ先進国である、ということですね。個人的には、経済の発展と環境保護はトレードオフの関係にあると思いますが、それはおいておきましょう。それでは日本の現状はどうか。国民の生活を重視するどころか「国際競争力」という魔力のような観念とともに大企業の利益を最優先し、そのおもむくままに経済・労働システムを改変し、国民生活を犠牲にさらす動きが強まっています。独占禁止法はザル法と化し、大規模な企業合併(トラスト)が推進され、巨大になった資本の要求は「労働ビッグバン」となって国民の間に新たな貧困を作り、格差を拡大しながら、一方、法人諸税・社会保険負担を低く抑えつつ、国民に消費税増税を強いるまでに至っているのが現状。さらに女性に対する経済的・社会的・法的不平等を放置し、子どもを競争的環境に置き続け教育を財界の求める「物言わぬ国民」養成のための道具とするなど、弱者をふみにじり、一方で政治・行政・司法が国民の権利・利益を侵害しまくっている。はい、日本は後進国です。
 各論については多少なりとも知っていたつもりですが、こうして網羅的に提示されるとあらためてそのおぞましさに圧倒される思いです。私にとって未知のものも含めて、いくつかの事実をして語らしめましょう。[]内は私のコメントです。
 自動車による温暖化への影響は、想定されているよりも大きいと考えられる。自動車から排出される窒素酸化物や炭化水素類は、光化学反応を通じて対流圏オゾンをも生成し、植物がCO2を取り込む能力を低下させる。またエネルギー削減効果も非常に大きい。よって自動車の利用制限が必要だが、政府はまったくの無策である。[自動車企業からの圧力や献金もからんでいそう]

 政府が郊外型大型店の無規律な出店を許したため、中心地の小規模店舗の多くがつぶれ、市民は日常的な買物のために遠距離を移動しなければならなくなった。(買物難民!) 高齢者にとっての負担が大きくなるとともに、自動車の利用に拍車がかかる。

 1919年のILO(国際労働機関)誕生後、世界の労働条件は劇的に変化したが、同年に締結されたのが、八時間労働制と残業規制を内実とした第一号条約である。しかしそれから九〇年近くたつのに、日本はいまだにこれを批准していないのである。いや、労働時間に関わる条約は二二本に及ぶが、日本政府はそのうち一本も批准していない。

 いわゆる「労働ビッグバン」、その嚆矢は日経連による「新時代の『日本的経営』」(1995)という提言で、ほとんどの労働者をいつでも首を切れる「柔軟雇用型」グループとして扱うという内容。政府は派遣労働を原則自由化するなど、それを着々と現実のものにしてきた。[あの"人気者"小泉軍曹の時ですね]

 OECD(経済協力開発機構)によると、「相対的貧困率」(所得の真ん中の人の半分以下の所得しかない人の割合)において、十七カ国中、日本はアメリカについで第二位。

 「生活保護辞退届」を出させて五十二歳の男性を餓死に追いやった北九州市役所。その背後には、厚生労働省が出した生活保護費削減の「適正化モデル」という通知があった。

 日本における社会保険の使用者(企業)負担は、国際的にみて際立つ少なさである。

 消費税率引き上げに法人税率の引き下げが伴ってきた。消費税収は89年の導入以来十八年間で約188兆円だが、法人税・同事業税・同住民税の「法人三税」の減税によるマイナス税収は158兆円に達している。

 ストックホルムでは、男性の帰宅時間は平均17時11分、東京のそれは20時49分。[日本の男性の多くが午後五時頃に帰宅できるようになれば、社会はドラスティックに変わるでしょう]

 教師を支援する任務がある文部科学省や各地の教育委員会は、教師を孤立させ窮地に追い込み、その自主性を奪って統制し、それを通じて教育を破壊しつつある。(教育警察!) それでいて教育における基礎的な条件整備には満足に目もくれず、その場しのぎの教育政策のために、教師も子どもも翻弄されている。精神疾患にかかる教師が急増しているが、文科省は「保護者の理不尽な要求(いわゆるモンスター・ペアレント)」によるものだとして責任を転嫁している。

 公的支出全体に対する教育予算の比は、OECD諸国三十カ国中、最下位から数えて三番目。平均は13.4%、日本は9.8%。

 異常なまでの学費の高さは、国際人権規約違反。同規約A(社会権規約)は高等教育について「無償教育の漸進的な導入」とはっきり定めているが、日本政府はいまだこれを批准していない。そのため国連人権小委員会から是正勧告を受けている。[北欧における消費税率の高さがよく指摘されますが、家計における教育費がほとんどゼロだということも忘れずに]

 少なすぎる公務員。人口1000人あたりの公務員数は、ドイツで69.6人、イギリスで78.3人、フランスで95.8人、日本は42.2人。食品や人の検疫を任務とする「検疫所」は全国に31ヵ所あるが、そこで業務に携わる食品衛生監視員は334人。検査率は3.3%。
 労働基準監督官は全国にたった3752人。これでは事業所に対する立ち入り検査、いわゆる「臨検」が満足にできない。ILOからは最低年一回の臨検を全事業所に対して行うよう勧告が出されている。[国民の健康や労働者の人権など屁とも思っていないわけだ。文科省をなくしてこちらの人員を増やしてほしいですね]

 立候補の際の供託金が高すぎる。日本では衆議院小選挙区で300万円、一割の得票が得られなければ没収。先進国では10万円程度だし没収点は低い、そもそも供託金がない国もある。(米・仏・独・伊) [一般市民が立候補できないようにするためですね]

 刑事裁判だけを対象とする裁判員制度には問題がある。ドイツで素人裁判官の働きが重要視されかつ評価が高いのは、行政裁判なのに。[政府や自治体による犯罪が市民によって裁かれるのを嫌っているのでしょう]
 やれやれ… しかし本書のおかげで、個別の問題点をつなぐ大いなる連環が見えてきました。国民の福利を犠牲にした歳出の徹底的な削減、大企業の利益の最重視、その結果としての穴だらけの環境政策、国と企業が一体となった労働者の酷使、そしてこうした事態を批判しないような国民を育成する教育。さらにアメリカの国益+大企業の利益のために様々な改革を強要する、最大最強のロビイスト・米国政府の存在と、それに物言わず服従する日本政府。さあ、こうした状況をみんなで知って、怒って、行動するべき時だと思います。恥知らずの盗っ人、冷酷でさもしい獣、人類の仇敵、空っぽの水瓶のような魂と、コルク樫の心と、石ころや砂利の腸をもつ薄情な(以上「ドン・キホーテ」からの引用)官僚・政治家・財界のみなさん、匹夫をなめて志を奪うとどうなるのか、そろそろ気づきませんか。

 追記。これらかの政策に関する提言も鋭いもので、大変参考になりました。いくつか紹介します。(1)公共交通中心の交通体系を築き、自動車を半減する。(2)都心の一等地にある皇族用特別官舎の敷地115万平方メートルを売却。1平方メートル1000万円で売却できれば、約11.5兆円が国庫に入る。(3)教育委員会の公選制。(4)ODA(政府開発援助)を、バングラデシュの「グラミン銀行」のような貧困層向け小額融資銀行に供与。(4)の「グラミン銀行」の存在については、恥ずかしながら知りませんでした。いつかお話したいと思います。
by sabasaba13 | 2008-07-16 06:06 | | Comments(2)
Commented by 聞いて呆れる先進国 at 2009-03-12 11:34 x
「他国を脅かさない」という要件を満たさないアメリカは先進国ではないな。
Commented by sabasaba13 at 2009-03-13 21:09
 こんばんは、聞いて呆れる先進国さん。「環境・女性・子ども・国民を第一に考える」という要件から見ても、日本とすっとこどっこい、もとい、どっこいどっこいでしょうね。
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