「東インド会社とアジアの海」

 「興亡の世界史15 東インド会社とアジアの海」(羽田正 講談社)読了。戦争・「テロ」・民族紛争、地球温暖化と環境破壊、富の偏在と貧困層の増加、地球と人類は存亡の危機にたたされています。何でこんなことになっちゃったんだろう? より多くの人がその構造を知り対策を考え行動を起こさないと、文字通り取り返しがつかない事態になってしまいます。そのためにも、現代世界の成り立ちを総体として理解するための歴史叙述が、いまこそ必要だと思います。ただし国ごとの歴史を雑然と陳列した教科書のような世界史ではなく、地域からの視点と世界全体からの視点を併せもったダイナミックな世界史、専門家でない人でも理解できるような分かりやすい世界史、これまでの研究の蓄積から見て、決して夢物語ではないはずです。
 本書はそうした試みの一つ。アフリカや新大陸も含めた世界全体が、商品流通と人の移動によって緊密につながり人類史上ではじめて地球がほぼ一体化した16~17世紀にスポットを当て、その立役者の一人である英蘭仏の東インド会社の活動からこの200年の歴史を読み解こうという気宇壮大な内容です。この時期の人とモノによる地球の一体化こそ、その後の世界史の流れの方向を決める大きな要因であり、この時代の歴史を知れば、その後の200年の変化を考える確かな手がかりが得られるという著者の主張には、満腔の意をもって共感します。
 この時代のモノの流れを本書にしたがってまとめると、以下のようなものです。南北アメリカの銀が中国やインドに達し、東南アジアの香辛料が中国と西アジアやヨーロッパに渡っています。商品として持ち込まれたアフリカの奴隷が新大陸で働いてもいました。中国の絹や陶磁器は、東南アジアから西アジア、そしてヨーロッパに至るユーラシア全域で人気を博し、インドの綿織物がアジア・アフリカの各地へ運ばれていきます。日本列島も世界とつながるこの商品流通ネットワークと無縁ではありません。当時列島で大量に産出された銀は中国に輸出され、それと引き換えに中国の生糸や東南アジアの染料、香木などが輸入されていました。

 本書の主眼は、隆盛をきわめたアジア域内交易に、いかにしてイギリスやオランダの東インド会社がくいこんでいったかを分かりやすく興味深く叙述しているところにあります。アジア諸地域間の交易に参入することで利益を得ることと、アジア産の魅力的な物産(ex.香辛料・茶・綿織物)をヨーロッパにもたらして利益を得ること、これが会社の最重要の目的です。その際にインド洋海域を「経済の海」、東アジア海域を「政治の海」と定義されているのは優れた着眼ですね。前者における王権(ex.ムガル帝国・サファヴィー帝国)は自由な貿易を公認し商品と関税を入手することで満足し、後者における王権(ex.明清帝国・徳川幕府)は貿易を徹底的に管理しようとする。なぜそうした違いがあったのかについて著者は判断を保留されていますが、これは考える価値のある論点だと思います。そして東インド会社は、前者においては武力を駆使しながら利益を追求し、後者においてはその地域の王権の論理に従いながら利益を追求していく。(国営の監獄=長崎の出島に縛られることを忍従したオランダ商人) このあたりは、こうした交易に関わった様々な人たちのプロフィールやエピソードをまじえながらの叙述で、読み物としても面白いものです。そして東インド会社がもたらした茶・綿織物アジア物産が、ヨーロッパの人々の間で人気を博し、その生活を劇的に変えていく。その購入資金となったのが、ヨーロッパによって植民地とされていた南北アメリカの銀です。引用しますが、随所にあるこうした卓抜な比喩も本書の魅力の一つです。
 東インド会社の行動は、例えて言えば、ほとんど元手をかけずに人の家から持ち出したお金を使って、本来足を踏み入れることのできないはずの店の一流品を買い、それを自分の家に持ち帰って利用したり、売却して利益を得たりしていたということである。このような行動を200年も続ければ、北西ヨーロッパが全体として豊かになり、世界をリードする経済力を身につけるのは当然だろう。アメリカの銀とアジアの物産が「近代ヨーロッパ」の経済的基盤を生み出したのである。
 そして輸入代替のために綿織物を大量生産する技術が発展し、産業革命として結実します。国民国家の成立により政治的求心力を増したヨーロッパ諸国は販売市場と資源・原料を求めて、蒸気船と強力な武器を思う存分活用しながら、「経済の海」「政治の海」を制圧していく。これにともない、独占貿易を認められた民間商事会社である東インド会社の役割は終焉をむかえる…

 これまで頭の中に燻っていた断片的な知識が、まるでジグソーパズルのようにピタッとしかるべき場所にはまっていく知的快感を十二分に味あわせてもらいました。ただ、これは本書の意図からは外れるので言いがかりなのですが、同時期の南北アメリカおよびアフリカとの関係(いわゆる三角貿易)についての詳しい論考と、それとアジア交易+東インド会社の動きを組み合わせた世界貿易の総体についての叙述がほしいですね。他にもいろいろな疑問がわいてきます。なぜポルトガル・スペインだけが大航海時代を現出させたのか? ヨーロッパだけがなぜ強力な武器を生み出せたのか? (B・ラッセル曰く「中国文化に対するヨーロッパ文化の優越は、ダンテ、シェイクスピア、ゲーテが孔子、老子に対して勝利を占めたという事実に基づくのではなく、むしろ、平均的にいって、一人のヨーロッパ人が、一人の中国人を殺すのは、その逆の場合よりも容易だという、はるかにブルータルな事実に基づくのだ」) そして何よりもこの後、現在に至るまでの200年の間に、世界はどう変わったのか。こうした疑問を浮かばせてくれるのは、間違いなく良書ですね。お薦めです。

 追記。実は本書とともに是が非でもお薦めしたいのが「世界の歴史25 アジアと欧米世界」(加藤祐三/川北稔 中央公論社)です。かなり以前に読んだので書評は書いておりませんが、現代世界の成り立ちを総体として理解するための歴史叙述としては、私が読んだ中では最高峰のものです。総体としてのある時代の世界を把握するという点では、本書を凌駕しているのではないかな。例えば、なぜヨーロッパが強大な武力を持ったのか、こう説明されています。
 ヨーロッパ・システムは政治的統合を欠いた経済システムであった。中華システムの「中核」は、ユーラシア大陸の東部一帯をひとまとめにして支配する「帝国」となっていたのに対して、西ヨーロッパは、まさしくそのような統合を欠き、「国民国家」の寄せ集めにすぎなかったのである。帝国は、帝国内部での武力を独占し、その浸透や発展を阻止する傾向が強い。これに対して、国民国家の寄せ集めであったヨーロッパでは、各国は「競って」武器の開発をすすめた。このことが、16世紀における東西の武力の圧倒的な差となってあらわれた。
 うーむ、鋭い。この二冊を併せ読めば、世界史をより深く理解できるとともに、歴史の面白さと奥深さを堪能できます。NHKの「その時歴史は動いた」や大河ドラマのような近視眼的な歴史もそれはそれで面白いのですが、大空を羽ばたく鳥の眼から見た歴史も大事だと思います。
by sabasaba13 | 2008-08-01 07:18 | | Comments(2)
Commented by みつひろ at 2008-08-02 16:32 x
こんにちは。
図書館で2冊借りてきました。
今の世界を理解したいのですが、理解しても結局は昨今の時流を追認するほかなく、人々の意思とは関係なくシステム主導で回っていくのだという感が強化されるという結果になると予想しつつ、何かのヒントがないか読んでいこうと思います。
起源を知れば呪縛が解けることもかんがえられますし。

これからもおもしろい本の紹介に密かに期待している次第であります。
お邪魔しました。
Commented by sabasaba13 at 2008-08-03 10:42
 こんにちは、みつひろさん。私一人が世界のシステムを多少理解したところでどうなるものでもないという無力感には、いつも苛まれます。でも知らずにはいられない… 「呪縛が解ける」、いい言葉ですね。新たな呪縛にとらわれることに気をつけつつ、これからも歴史書を読んでいきたいと思います。そして一人でも多くの方に世界や日本の歴史について関心をもってもらえる一助になれば、この拙いブログを綴る意味もあるのかもしれません。

 ご期待にそえるかどうか自信はありませんが、私が面白いと思った本の紹介を続けていきたいと思います。これからもよろしくお願いします。
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