「日本の歴史 列島創世記」(松木武彦 小学館)読了。一般読者向けの時代別日本通史はこれまでけっこう読んできましたが、どうしても手堅い総花的な内容になりがちです。ま、いたしかたないとは思いますが。小学館による今次の新シリーズもそれほど期待せずに手にしたわけですが、第一巻で旧石器・縄文・弥生・古墳時代までを一括して取り上げていることにやや奇異の感を抱きました。普通でしたら、古墳時代から次の巻としますよね。何か著者の意図があるのかしらん。そして読み進めるうちに"かっぱえびせん"状態、残りページが減っていくのが惜しい歴史書は久しぶりです。
著者は旧石器~古墳時代を無文字社会という大きな枠組みでとらえ、その間に物質文化の進化とヒトやその社会の進化がどのように相互にかかわりあってきたのか、そして四万年という歳月をかけて巨大古墳の時代にどのようにして到達したのか、それを三つの指針とともに一貫した理論で復元していきたいと述べられています。第一に、感情・欲望・神・迷信などを含むヒトの心の現象を科学的に分析・説明する新しいヒューマン・サイエンス(認知科学)の成果を取り入れ、歴史を物語ではなく科学として再生すること。第二に、地球環境の変動が歴史を動かした力を、もっと積極的に評価すること。第三に「日本」という枠組みを固定的に連続したものとしてとらえないこと。これに関して、著者はこう述べられています。 …「日本」という枠組み自体が歴史的な積み重ねの産物であることを十分に認識し、国家の歴史を超えた人類史のなかの日本列島史を綴ってみたい。それを通じて、日本の歩みやその現在と未来とを、せせこましい愛国主義ではなく、国際的な場で恥ずかしくない客観的な知性をもって眺めるためのよりどころを提供できればうれしいことだ。その豊潤な内容を適確・簡潔にまとめる力は、浅学な小生にはありませんので、二つほど印象に残った部分を紹介します。 お互いの位置づけを確かめ合い、無駄な衝突をせずに暮らすための社会的コミュニケーションを、ホモ・サピエンス=私たちは、言語とともに人工物をもって行なう。この前提をもとに、左右対称や表面の独特な質感など、なぜ実用を超えた「凝り」をほどこした石器が多いのかを考察し、あるいは縄文土器や弥生土器の文様について当時の社会のあり方との関連を読み解いていく。 また紀元後において世界的な気候の寒冷化があり、ゲルマン民族の大移動、社会不安による黄巾の乱・後漢王朝の滅亡など、世界的に大きな影響を及ぼした。この気候変化に対応するために、列島ではそれまでの文化や行為の伝統を捨て、個々人やグループごとの才覚で、試行と競争をくりかえすようになった。具体的には、外部の資源である鉄に頼り、それを主とする諸物資を遠距離交渉によって獲得したり、列島内外の諸地域に出向いて手に入れたりする、体外的な経済活動の比重がきわめて高い経済の仕組みが広まった。こうした体制のもとでは、対外交渉の窓口となって利益をもたらす代表者への信服が強まり、そこから階層的な社会への道が開ける。 山の高みに登り、霧が晴れ、視界がパーッと開けたような爽快な気分です。列島に暮らしてきた人びとの、人類社会の一員としての普遍性と、この島の自然環境に適応するためにつくりだしてきた特殊性、歴史を学ぶ者としてこの二つの視点を常に意識しなくてはいけないなと、痛感。勉強になりました。あらためて著者の松木氏に感謝したいと思います。このシリーズはこれから期待が持てそうですね、次巻を読むのが楽しみになりました。 なお著者のユーモアとウィットにあふれた語り口も大きな魅力です。「ナウマンゾウ一頭で、ホルモンも込みの焼肉パーティが1000回ほどもできる」という一文には思わず緩頬してしまいました。その中でも味わい深さも加わった秀逸なもの引用します。 「生産力の発展」という大出力エンジンの車で歴史街道を驀進してきた「ハイウェイ・スター」ではなく、環境との対立と妥協を繰り返しながら「ロング・アンド・ワインディング・ロード(長くて曲がりくねった道)」をこつこつと歩んできた旅人としての、人間の軌跡をたどってみたい。私と同世代なのだな、とニヤリ。(氏は1961年生まれ) 近現代をディープ・パープルの名曲に喩えたのは鋭い、攻撃的に前に前に突っ走っていく時代と爆走する車が頭の中でどんぴしゃり重なります。もしかすると、各国は経済成長というチキン・ランをしているのかもしれませんね。(壁に向って全速力で車を走らせ早くブレーキを踏んだ方が負け、という度胸試し) われわれはビートルズの曲を聴きながら、過去の人類のこつこつとした、遅いけれども確実な歩みに思いをいたらせる必要があるのではないのかな。
by sabasaba13
| 2008-08-22 06:29
| 本
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自己紹介
東京在住。旅行と本と音楽とテニスと古い学校と灯台と近代化遺産と棚田と鯖と猫と火の見櫓と巨木を愛す。俳号は邪想庵。
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