瀬戸内編(2):大津島(08.2)

 さて列車に乗り、40分ほどで徳山に到着です。老婆心ながら、船旅の場合、駅と港の移動時間をきちんと把握しておいた方がいいですね。広島のように、けっこう離れているケースもあるようです。今回は事前に詳しく調べなかったのですが、結果オーライで何とかなりました。駅前にある観光案内所で港の場所を訊ねると、すぐ近くだそうです。地下道を歩いて駅の裏手に出ると、もう目の前は港です。小さな事務所の前には、映画「出口のない海」で使用されたという人間魚雷「回天」の実物大レプリカが展示してありました。船は一日に9便、1~2時間に一便ですが、これは多い方です。なおターミナルに島に関する観光パンフレットがあるので、事前に入手することができます。さっそく小さな高速船に乗り込むと、乗客は数人ほど。原油価格の値上がりもあるし、これでは経営は厳しいでしょうね。便数を減らさざるを得ないのもわかります。
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 嬉しいことにオープン・デッキがあったので、さっそく一番視界の良い席に陣取りました。曇天で肌寒いのですが、潮風を浴びながら海や島を眺めるのが何よりの楽しみ。寒さにふるえながらも、穏やかな瀬戸の海と移りゆく島なみを堪能しました。
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 そして18分ほどで馬島に到着。ここは二つの島が合体したような形状になっていて、小さな方を馬島、大きな方を大津島と呼んでいるようです。この島には、1937(昭和12)年に、九三式酸素魚雷の発射試験場が建設されました。その後戦局が悪化すると、この魚雷を改造した特攻兵器「回天」が発案・製造され、その訓練および発進基地として利用されることになります。「回天」とは、長さ14.74m、直径1m、先端に爆薬1.55kgを装填し、二人が搭乗、潜水艦に搭載され、敵艦に近づくと切り離され目標に突進するという絶対死の兵器です。なお在庫の魚雷の推進部分を転用した改造兵器なので、故障や事故も多かったようですね。発案者の黒木・樋口両大尉は、航走訓練中に事故のため亡くなっています。最終的には132人の若者が「回天」とともに、落命しました。
 港から右手に少し歩くと、左へと折れる道があり、そこをさらに進むと魚雷や「回天」を訓練基地に運ぶために掘られた長いトンネルがありました。(このあたりまで案内表示あり) 両壁面には関連の写真パネルが展示されています。トンネルを抜けると、緩やかにカーブした桟橋、その先端にコンクリート製発射試験場の廃墟がたたずんでいました。柵に囲まれ内部へは入れませんが、魚雷を発射させるための二つの小さなドックを視認することができます。なお「回天」はここには入らないので、クレーンによって突堤から海面に下ろしたそうです。その昇降用クレーンの跡も残っていました。かつてここで、「回天」搭乗員は島の周囲で航走訓練をし、そして出撃していったのか。鳥の囀りをのんびりと飲み込むように広がる春の海をしばらく見つめてしまいました。「回天」搭乗員は、どんな想いでこの海や鳥を眺めていたのでしょう。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2008-09-04 06:09 | 山陽 | Comments(0)
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