「原発・正力・CIA」

 「原発・正力・CIA 機密文書で読む昭和裏面史」(有馬哲夫 新潮新書249)読了。朝刊の新刊広告で本書のタイトルを一瞥、手が止まりました。原子力(核)発電所? 正力松太郎? CIA(アメリカ中央情報局)? まるで三題噺ですね。つねづね、原子力(核)発電所の危険性、讀賣新聞のあからさまに自民党寄りの報道姿勢、そしてアメリカ政府の世界戦略については関心を抱いていたので、さっそく読んでみることにしました。CIAが正力松太郎を操って、日本に原発を売り込もうとしたのでしょうか。実はそれほど単純な話ではありませんでした。アメリカ国立第二公文書館などにある「正力松太郎ファイル」というCIA文書を読み解いた著者が、この三者を軸にして、これまであまり語られてこなかった昭和三十年代の日米関係や政界の動きを追跡したのが本書です。
 1954(昭和29)年3月1日、第五福竜丸事件をきっかけにして、日本国内で大きな反核兵器・反米運動のうねりが起こります。日本への核兵器配備および原子力発電の売り込みも視野に入れて、何とかして日本の反米・反核ムードを沈静化させたいと考えるアメリカ政府。そしてその意図を受けてCIAが日本における行動を開始します。
 一方、総理大臣の椅子を狙う讀賣新聞社主・正力松太郎、しかし彼には政治キャリアも資金源もありません。財界や政界への影響力、政治資金や派閥を手にするための切り札として、彼が目をつけたのが原子力発電です。CIAは讀賣新聞という巨大メディアを支配する正力松太郎に目をつけ世論の懐柔を依頼し、正力はその見返りとして原発建設に関する全面的協力を要求。以後、この両者が時には協力し、時には相手を利用し、時には反目しながら、"核"を受け入れるムードづくり+原発導入を推進していくことになります。その過程や結果については、本書をご一読ください。両者によるしぶとくハードな交渉の様子は、まるで小説の世界のようです。
 CIAの諜報活動や日本におけるメディアの実態を、こうした形で知り得たのは大きな収穫でした。ただし「原発、正力、CIAはよく似ている。その存在を賛美することはできないが、かといって否定することもできないことだ」という著者の意見には同意できかねます。原発の問題点や危険性(「核大国化する日本」の書評参照)、CIAが世界中で行ってきた反米勢力を弾圧するためのテロ支援、拷問や洗脳、暗殺、盗聴、選挙操作(「アメリカの国家犯罪全書」の書評参照)については、これまで拙ブログでふれてきました。この両者を「否定できない」の一言で容認してしまうのは、あまりにも理不尽な結論だと思います。
 同様に、ワンマン社主が己の利益のために報道を利用するという、讀賣新聞のあり方にも深い危惧を覚えます。この体質は今でもあまり変わっていないのではないかなあ。もちろん他のジャーナリズムにおいても似たような状況があるとは思いますが。権力の暴走を厳しくチェックするという、ジャーナリズムの最も重要な機能が十全に働いていない状況の中で、当たり前のことですが、報道を鵜呑みにしてはいけないのだと、あらためて銘肝しました。広田弘毅がこんなことを言っていましたっけ。
考えずにそのまま受けとっていいのは、死亡広告ぐらいだ。
 追記。新潮新書の表紙にこんな言葉が掲げられていることに、はじめて気づきました。
 Brevity is the soul of wit, and tediousness the limbs and outward flourishes.
 簡潔こそ智慧の心臓、冗漫はその手足、飾りにすぎませぬ         『ハムレット』(福田恆存訳)より
by sabasaba13 | 2008-09-24 06:06 | | Comments(0)
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