瀬戸内編(29):御手洗(08.2)

 さあそれでは散策の開始。「町並み保存地区 御手洗」という看板の下には、蛸壺が積み上げられています。よく見ると、右側は陶器製の、左側はプラスチック製の蛸壺です。なるほどこの島では蛸をとるのがさかんなこと、そしてその方法の変遷が一目でわかる演出ですね。
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 さあいよいよ町の懐に食い込んでいきましょう、なにせ山と三角形の岬に挟まれた狭い空間に町がつくられたので、狭い路地が入り組みまるで迷宮です。方向感覚を喪失して彷徨いましょう、狭い町なので致命的に迷うことはありません。看板のあたりを右に折れると、格子戸が見事な江戸時代の町屋が数軒建ち並んでいます。
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 その少し先で道は大きく左に曲がり、天満神社と金子邸が見えてきます。前者には大宰府に左遷される際に、菅原道真がここに立ち寄って口を漱ぎ手を洗ったという伝承があります。「御手洗」という地名の由来ですね。後者は長州藩と広島藩が討幕のための軍事協定・御手洗条約を結んだ場所。坂本龍馬や中岡慎太郎もしばしば来島したそうです。
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 そして江戸時代の遊郭、若胡子(わかえびす)屋跡がすぐ見えてきます。最盛期には100人にもおよぶ遊女を抱えていたといわれ、遊女の品定めをした格子の飾り窓も残されていました。理由は不明ですが、内部を見学できず残念。いらついた遊女に煮えた鉄漿を飲まされ死んだ禿(かむろ)が壁に手形を残し、何度塗り替えても決して落ちないような。この事件以後、若胡子屋では遊女が100人を越すと必ず一人死ぬようになり、以後没落していったそうです。かつて遊女たちが並ばされていた飾り窓にはガラスがはめこまれ、内部は見えません。
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 この前の路地を道なりに海の方へ進むと、左手に青く塗った下見板張りの洋館(理髪店)があります。ここの小さな十字路を左に行くと常盤町とおり、観光案内所と食事処を兼ねた「潮待ち館」があります。
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 このあたりにも江戸時代の民家・商家が目白押し。
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 ふたたび先ほどの路地に戻りさらに進むと左手にレトロな看板をかかげた松浦時計店があります。外から見える仕事場ではご主人が一心不乱に時計を修理されておりました。何でもこちらの修理技術は超一流だそうで、世界各地から時計の修理を依頼されるとのことです。その近くには1937(昭和12)年につくられた映画館・ホール「乙女座」があります。
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 隣には前面がモルタルで塗られた洋館「村尾晶文堂」、かつては文房具店+煙草屋だったのでしょうか。右手のガラスケースには「こばた」と書かれており、その脇には「国定教科書取次販売所」という木製看板がかかっていました。これははじめて見た…
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 それでは定番・定石、一番高い所であるおいらん公園・歴史の見える丘公園まで行ってみましょう。

 本日の五枚です。
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by sabasaba13 | 2008-10-14 06:10 | 山陽 | Comments(0)
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