「姜尚中の青春読書ノート」(姜尚中 朝日新書104)読了。「在日」として熊本に育った悩める少年・永野鉄男が、いかにして政治学者・姜尚中となったのか。彼が大きな影響を受けた五冊の本、「三四郎」(夏目漱石)、「悪の華」(ボードレール)、「韓国からの通信」(T・K生)、「日本の思想」(丸山真男)、「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」(マックス・ウェーバー)の紹介を軸に、過去の自分が何を考えどんな行動をしどう変わってきたかを振り返るとともに、当時の日本や韓国の政治・社会状況をもあわせ語るというのが本書です。
筆者曰く、人や本とのさまざまな出合いによって、その人となりは形作られる。自分の読んだ本を紹介するということは、己の深奥を白日のもとにさらけだすということですね。この五冊の本から、姜氏の人となり、権力への反発、美への憧れ、時代状況に対する積極的な関心、そして政治への知的探求心がうかがわれます。私が稚拙な書評を書き続けているのも、一人でも多くの方に自分が感銘を受けた良書を紹介したいという思いとともに、自分がどのように形作られてきたかを一里塚として残しておきたいがためなのかな。勿論、氏には及びもつかないものですが。これからも拙い書評を書き続ける勇気を、少しわけてもらいました。「本はええぞお」と呟きながら…
追記。「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」にある、戦慄すべき一文を教示されました。是非引用しておきたいと思います。
将来この鉄の檻(筆者注:資本主義経済)の中に住むものは誰なのか。そしてこの巨大な発展が終わるとき、まったく新しい預言者たちが現れるのか、あるいはかつての思想や理想の力強い復活が起こるのか、それとも‐そのどちらでもなくて‐一種の異常な尊大さで粉飾された機械的化石と化することになるのか、まだ誰にも分からない。それはそれとして、こうした文化的発展の最後に現れる「末人たち」にとっては、次の言葉が真理となるのではなかろうか。「精神のない専門人、心情のない享楽人。この無のもの(ニヒツ)は、人間性のかつて達したことのない段階にまですでに登りつめた、と自惚れるだろう」と。