2005年 02月 06日 ( 1 )

山陽編(1):山口(04.10)

 こんにちは。旅行記を中心に、書評やら雑感を書き綴ってみます。まずは昨年の秋に徘徊した山陽路の旅行記です。

 広島県に「毒ガス島(大久野島)」があります。かつて日本軍が極秘に毒ガスを製造していた島で、それに関する資料館や廃墟となった施設があると知り、かねてから行ってみたいと思っていました。うしっ、決行。ここを中心に山口から岡山までの四泊五日の彷徨を計画、秋吉台やら尾道やら閑谷学校やら、未踏の地を組み込みながらニヤニヤしていました。するとあるサイトで、瀬戸内海(尾道⇔今治)を自転車で縦断するサイクリング・コースの存在を発見。売られた喧嘩は買いましょう。また立花隆の本を読み、香月泰男という画家にも興味を持ったので、故郷山口県三隅町にある美術館にも行きたいな。「いいとこにはずっといて、あきれたらすぐ立ち去る」「天使の如く大胆に、悪魔の如く細心に」という原則を胸に、いざ山陽路へ。

 朝の天気予報では、山口地方は降水確率90%の断固とした傘マーク。腐っても気象庁、まさか外しはすまい。機中で小生の灰色の脳細胞は目まぐるしく動きます。「秋吉台・香月美術館はカット、明日行く予定の山口に防府を組み合わせて今日はしのごう…」 しかし諦めきれず、「二度と煙草は吸いませんから、陽光をもたらして下さい」と山ノ神に願をかけました。すると山口宇部空港に着陸する頃になると、黒雲は消え、陽がさしているではありませぬか。嗚呼、奇跡だ。さっそく空港ロビーで人目を憚らず、約束どおり感謝の舞を山ノ神に奉納しました。♪ラリホーラリホーラリルレロ、コイルはでぶっちょぼよよんのよん♪ さっそくバスで新山口(小郡)に行きました。ここ小郡は種田山頭火が最も充実した日々を過ごした所で、彼の銅像が駅前で出迎えてくれました。「まったく雲がない笠をぬぎ」「空へ若竹のなやみなし」
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 バスを乗り換えて秋吉台へ。砺波平野の散村、木曽三川の輪中とならぶ社会科見学三大聖地の一つです。内部がだだっぴろい鍾乳洞の秋芳洞を通り抜け、坂道を少し登ると、秋吉台を一望できる展望台に到着します。うずくまっている羊のような石灰岩が、広大な山腹に点在する雄大な眺望。でもすぐに見飽きて昼食。
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 不味いうどんを食いながら、午後の日程を沈思黙考。タクシーを使えば、香月美術館に加えて、角島灯台+土井ヶ浜遺跡を見られそうですが、バス・電車利用だとおそらくどちらかは無理。うーん、よろしい、泣いて馬謖を斬る、タクシーで行きましょう。さっそく車をつかまえて、約20分で三隅町立香月泰男美術館に到着しました。香月泰男(1911~74)、山口県三隅町出身。東京美術学校卒業。満州に応召され、敗戦時にシベリアへ抑留される。戦後、その体験をテーマに<シベリア・シリーズ>を発表し、炭と方解末を使った材質感と、深い人間性の洞察をふまえた制作で著名。と、無味乾燥な説明で恐縮ですが、実は先日出版された立花隆の『シベリア鎮魂歌 香月泰男の世界』を読んで、いたくこの画家に興味を抱きました。戦争・収容所体験や死んだ兵士への鎮魂を、自ら解説文を書き添えた、具象と抽象の間でギリギリのバランスをとった重厚な画面で表現し尽くそうとする姿勢には感銘を受けます。<シベリア・シリーズ>全57点は山口県立美術館が所蔵しており(スペースの関係で一括展示は不可能)、この美術館には小品や家族に送った絵葉書、彼が製作したおもちゃや遊具、そしてアトリエが復元されています。彼が肌身離さず持ち歩いたボロボロの絵具箱には胸を打たれました。外へ出ると、彼が<私の>地球と呼んだ三隅の光景が広がります。
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 ここから日本海に向かい南下すること約一時間、コバルトブルーの美しい海にかかる大橋を渡って角島に到着。お目当ては、1873(明治6)年にH・ブラントンによって設計起工された日本で一番美しいと言われる角島灯台です。均整のとれたプロポーション、えもいわれぬ色合いの御影石による造形、放物線状のアーチが連続する装飾。貴婦人のようなその姿に見惚れました。手が回りきれないけれど、抱きしめたくなるような灯台です。105段の螺旋階段を上り頂上に出ると、360度のパノラマ、眼下には美しい日本海。呆然・恍惚としてしばらく眺め入ってしまいました。ふう。
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 そして次なる目的地、土井ヶ浜遺跡へは車で約20分。保存状態の良い弥生人骨300体以上が、装身具や土器と一緒に出土した遺跡として、業界では著名です。まず人類学ミュージアムを見物。展示は陳腐でしたが、展望室の表示が傑作でした。西海観光バスに乗ってやってきた無法松みたいな九州人に「見えんじゃなかとか!」と叱責され、新任学芸員の山尾恵さんが涙を浮かべながら書き込んでいるシーンを想像してしまいました。ドラマだなあ。ヨンさま主演で「海がちょっとだけ見える展望室」という映画を作ってはいかが。本当にちょっとだけしか海が見えませんでした。外に出ると、コーティングしてレプリカの人骨をちりばめ、ドームで覆った遺跡を見学できます。これはいいアイデアですね。体中に矢尻がささり、首を切り取られた「戦士の死体」は圧巻でした。
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 そして山陰本線特牛(こっとい)駅まで送ってもらい、乗車。第六感に襲われて途中の滝部駅で下車して、旧滝部小学校へ。ペディメント(三角破風)と三連アーチをファサード(前面部)に構えた凄まじい物件です。現在は郷土資料館として利用されているのですが、二階の講堂に上がると、やっぱし御真影を収納する奉安庫があった! 係の方の許可を得て撮影し、この辺にこうした物件は他にないかと尋ねたところ、あるとのこと。神に愛されし者よ。さっそく「歩いて何分ぐらいですか」と能天気に訊いた瞬間に、ストップ・モーションのように空気が凍りつきました。礼を言ってそそくさと立ち去りましたが、まあいいや。下関まで行き、山陽本線に乗り換えて新山口に帰着。
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 本日の一枚は角島灯台です。
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by sabasaba13 | 2005-02-06 08:43 | 山陽 | Comments(2)