2005年 05月 19日 ( 1 )

椿姫

 フェニーチェ歌劇場による「椿姫」(ヴェルディ)を東京文化会館で観て聴いてきました。熱心かつ良きファンとはお世辞にも言えないのですが、オペラは好きです。日常の空間・時間から完全に切り離されて五感を堪能できるのがいいですね。軽くカフェで食事をして、観劇し、終わったら鰻でも食しながら感想を語り合う、なんてえのが理想なのですが仕事もありなかなかそううまくはいきません。ロビーでコンビニのサンドイッチをぱくついている人々の姿は物悲しい…
 さてこのオペラは19世紀中頃を舞台にした高級娼婦の愛と悲劇の物語です。原作はアレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)、主人公が白い椿しか好まないところから「椿姫」と呼ばれていたのですね。オペラの題名「ラ・トラヴィアータ」は、「道を踏み外した女」という意味で、第3幕でヒロインが自らをそう呼ぶことから付けられました。1845年頃のパリが舞台とされていますが、この時代設定が大変興味深いです。1830年の諸革命(ex.フランス7月革命)以後、ヨーロッパの社会・経済が加速度的に大きく変化した時代です。簡単に言うと、銀行家、大産業家といったブルジョワジーたちが支配階級となり、立憲君主のもと、財産・教育による資格制限で、民主主義に対して防衛された自由主義制度がねづいていった時代です。歴史学者のホブズボームは「市民革命と産業革命」(岩波書店)の中でこう述べています。
 ブルジョワ世界は無情にも、人間を、かれの『自然的な優越者』に結びつけている、雑多な封建的絆をたちきったし、またむきだしの利己心以外に、すなわちつめたい『現金勘定』以外に、人間と人間をつなぐものをなにものこさなかった。それは、宗教的熱情や騎士の情熱や無教養な感傷主義というもっとも神聖な感情を、利己的な計算というつめたい水のなかで溺死させてしまった。それは人間の価値を、交換価値にかえてしまった。
 つまり交換価値=金がすべてを牛耳るという、人類が始めて経験する社会がヨーロッパで現れたわけです。当時の人々は、さぞ戸惑い、喜び、怒り、悲しみ、そして金によって手に入れられるようになった前代未聞の快楽にふけったことでしょう。
 そういう意味で、今回の演出のポイントは「金」だと思いました。暗い短調の前奏曲とともに男たちが次々と現れ、娼婦然として中央に座っている主人公ヴィオレッタに金を渡していくシーン。第二幕の郊外の場面では、木立を背景に、木の葉ではなく紙幣がハラハラと常時舞い落ちてきます。第二場では舞い落ちた大量の紙幣をそのままにして、パーティーのセットがつくられます。そして登場人物たちは金を踏み歩きながら、劇が進行していきます。「金は人間と人間との関係を破壊する」という、このオペラのテーマをよく表現していると思います。
 衝撃的だったのがラスト・シーン。「生きられる、うれしい」と言ってヴィオレッタが死んだ劇的な瞬間の直後に、いきなり引越し屋のような男たちがドヤドヤと入ってきて煙草を吸いながらどんどん部屋を片付けていったのです。まるで「あなたたちも、このホールを出たらすぐこの話を忘れてしまうのだろう」と言われたような気がしました。
 
by sabasaba13 | 2005-05-19 06:14 | 音楽 | Comments(2)