2005年 07月 12日 ( 1 )

「寺田寅彦随筆集」

「寺田寅彦随筆集」_c0051620_23451189.jpg 「寺田寅彦随筆集(1)~(5)」(岩波文庫)読了。「栄光なき天才たち」(森田信吾 集英社文庫コミック版)という非常に面白いマンガを読んでいたら、理化学研究所で研究に悩んでいた中谷宇吉郎が、寺田寅彦のアドバイスにより雪の結晶についての研究をはじめたという一節がありました。そう、「雪は天から送られた手紙である」という名言で有名な雪研究の世界的権威である科学者です。(彼の随筆集も岩波文庫から出ています) そういえば寺田寅彦の随筆は読んだことがないなあ、通勤時に電車で読む本もちょうど読み終わったし、よし挑んでみよう。「寺田寅彦。物理学者、随筆家。実験物理学、気象学、地球物理学に業績をあげ、また活発な文筆活動を展開し多数の随筆や俳諧作品を残した。」と百科事典にはあります。漱石が愛した弟子、「天災は忘れた頃にやってくる」という科白も有名ですね。
  いやあ、しばらく充実した通勤時間を満喫できました。すべての随筆が面白いというわけではありませんが、えっ、あっそうか、むむむ、なるほど、といった間投詞が思わず口に出る珠玉の掌編が多々あります。驚くべきは、彼の旺盛な知的好奇心です。なぜ金平糖の角の数は一定なのか、なぜトンボは同じ方向を向いてとまるのか、なぜトンビは油揚げ(餌)を見つけることができるのか、満員電車をさけるにはどうすればいいか… 火山の名には、母音+S音で構成されるものが多いという指摘には唸ってしまいました。アソ、アサマ、ウス、エサン、ウンゼン、なるほどっ。映画への強い関心、俳諧への愛情、音楽や絵画への興味なども尽きません。科学的態度で自然や人事を真摯に見つめる、今の時代に最も欠けている精神が横溢しています。それだけでなく次の文章のような詩情も併せ持っていた方です。
 来そうな夕立がいつまでも来ない。十二時も過ぎて床にはいって眠る。夜中に沛然たる雨の音で目がさめる。およそこの人生に一文も金がかからず、無条件に理屈なしに楽しいものがあるとすれば、おそらくこの時の雨の音などがその一つでなければならない。
 私が大好きな随筆の一つが、この文がおさめられている「備忘録」(第二巻)です。線香花火をチャイコフスキーの交響曲第六番「悲愴」にたとえて賞する一文には脱帽です。アダージョ、アレグロ、ヴィヴァーチェ、アダージョ。
 もう一つのお気に入りが「天災と国防」(第五巻)です。簡単に言うと、軍備よりも地震など災害の研究と対策に金をかけるのが急務だという内容です。長くなりますが以下引用します。
 戦争はぜひとも避けようと思えば人間の力で避けられなくはないであろうが、天災ばかりは科学の力でもその襲来を中止させるわけには行かない。その上に、いついかなる程度の地震暴風津波洪水が来るか今のところ容易に予知することができない。最後通牒も何もなしに突然襲来するのである。それだから国家を脅かす敵としてこれほど恐ろしい敵はないはずである。

 人類が進歩するに従って愛国心も大和魂もやはり進化すべきではないかと思う。砲煙弾雨の中に身を賭して敵の陣営に突撃するのもたしかに貴い日本魂であるが、○国や△国よりも強い天然の強敵に対して平生から国民一致協力して適当な科学的対策を講ずるのもまた現代にふさわしい大和魂の進化の一相として期待してしかるべきことではないかと思われる。天災の起こった時に始めて大急ぎでそうした愛国心を発揮するのも結構であるが、昆虫や鳥獣でない二十世紀の科学的文明国民の愛国心の発露にはもう少しちがった、もう少し合理的な様式があってしかるべきではないかと思う次第である。
 この随筆が書かれたのは1934(昭和9)年11月。年表をひもとくと、満州事件(1931)、五・一五事件(1932)、国際連盟脱退・滝川事件(1933)、そして陸軍パンフレット事件(「国防の本義と其強化の提唱」というパンフレットにより陸軍が政治に介入)(1934)といった事件が続いています。そうした軍国主義の風潮への批判に加えて、この随筆を書く直接のきっかけとなった事件は、1934年9月の室戸台風だと思います。室戸岬では瞬間最大風速84.5m/sという日本気象観測史上最高記録を記録し、死者2702名、行方不明者334名をだした超大型台風ですね。実は室戸測候所ではこの途方もない台風の襲来を連絡しようとしますが、唯一の通信手段である郵便局の有線が停電で使用できませんでした。軍事優先のために防災システムがお粗末だったのですね。これは人災でもあります。また木造校舎が崩壊して676人の小学生が下敷きになって死んでいます。余談ですが、京都の大谷本廟にはこの時に殉職した、本願寺の学校出身である女性教諭の碑があります。現吹田市立豊津小学校で逃げ遅れた三人の学童をとっさに引き寄せ、自らの命とひきかえに三つの幼い生命を守った方です。
 こうした事実を知ると、寺田寅彦の冷静ではあるが大変強い怒りに満ちた筆致が印象の残ります。彼はおそらくこう言いたかったのではないでしょうか。「天災への対策を講ぜず、不合理な戦争を熱狂的に支持する日本国民は昆虫や鳥獣と同等の存在である。」 昆虫・鳥獣に失礼な言い方だという留保はつけますが… 当時の軍国主義的な風潮に対する、これほど合理的で痛烈な批判にはなかなかお目にかかれません。
 ふりかって現在のわれわれは「二十一世紀の科学的文明国民」に値するのでしょうか。昨今相次いだ天災による被害を見るにつけ、疑問に思います。天災に対する研究・対策・救援・補償にかける予算は、防衛費に較べて微々たるものなのが現状では。「国益」という言葉が氾濫して辟易しておりますが、この列島で暮らしている人々の生命・財産を守るのがその本来の意味であるべきです。そりゃまあ「国益」と称して北朝鮮・中国・韓国への敵意を煽っていれば、今の社会システムが安泰となるのはわかりますけれどね。少なくとも自然災害からわれわれを守るためにまともに金をかけようとしない多くの政治家・官僚の方々は、われわれの生命・財産など屁とも思っていないのは確かでしょう。口が裂けても「国益」などという言葉を使って欲しくない。私たちもそのことに気づきましょう。

 もう一つ好きな随筆が「田丸先生の追憶」(第三巻)です。熊本高等学校時代に物理学を教わった恩師へのオマージュですが、これほど愛情と滋味に満ちた文章は稀有ですね。運動会の翌日、田丸先生だけが休講にしてくれなかった腹いせに、学生たちが次の授業をボイコットするという事件がありました。学生を呼び出した先生は「生徒に腹を立ててどなりつけるのではなくて、いったいどうして生徒がそういう不都合をあえてするかということに関する反省と自責を基調とする合理的な訓戒」をしたそうです。寅彦は「その時の先生の悲痛な真剣な顔」を忘れられないと書いています。
 なお「寺田寅彦は忘れた頃にやって来る」(松本哉 集英社新書0144D)という格好の入門書が出版されています。彼の精神を忘れないようにしたいな。
by sabasaba13 | 2005-07-12 06:18 | | Comments(0)