2005年 09月 02日 ( 1 )

「仰臥漫録」

 「仰臥漫録」(正岡子規 岩波文庫)読了。脊椎カリエスにより病床にあった子規が、死ぬ前年の1901(明治34)年の9、10月を中心に書き残した日記です。公表を前提としていないので、彼の想いがストレートに伝わってきます。日々の食事、訪問者との面会、雑感、俳句づくり、そして病苦について、簡潔にして締まった散文で書き綴ります。特に病苦についての記述は、凄絶にして鬼気迫ります。これほど凄まじいものだったのか… 歯茎や腹部の穴から出る膿み、激痛のため這うことも寝返りをうつこともできず、迫りくる死期をただ待つのみの日々。
(明治三十四年十月)五日ハ衰弱ヲ覚エシガ午後フト精神激昂夜ニ入リテ俄ニ烈シク乱叫乱罵スルホドニ頭イヨイヨ苦シク狂セントシテ狂スル能ハズ独リモガキテ益苦ム

明治三十五年三月十日 此日始メテ腹部ノ穴ヲ見テ驚ク穴トイフハ小キ穴ト思ヒシニガランドナリ心持悪クナリテ泣ク
 圧巻は十月十三日の部分。母が用事で出かけたので、「時々起ラウトスル自殺気」により枕元の小刀と錐を取り上げます。そして苦悶のすえ、死ぬまでの苦痛を恐れてとりやめ、泣きじゃくる子規。息を呑むような描写です。
 彼を介護し支えた母親と妹、彼の面倒を死ぬまで見続けた陸羯南、たびたび訪れて彼を慰める門人の高浜虚子たちの姿も感動的です。そして1902(明治35)年九月十九日、子規はその生涯を閉じました。享年三十六歳。死の十三時間前につくった三つの句を残して…
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糸瓜咲て 痰のつまりし 仏かな
痰一斗 糸瓜の水も 間にあわず
をとゝひの へちまの水も 取らざりき
 厠上本として「漱石日記」を読んでおりますが、そのロンドン留学日記の中で友人子規についてふれている箇所がありました。1901(明治34)年1月22日、ビクトリア女王が逝去し、子規の病状が悪化した時のものです。
The Queen is sinking. Craig氏に行く。『ホトトギス』届く。子規なお生きてあり。
 最後の一文に、子規に対する漱石の万感の想いがこめられています。同年3月9日の日記では「今日は郵便日なるを以て正岡へ絵葉書十二枚と妻へ消息を遣わす。」とありますが、どのような絵葉書だったのでしょうか。

 そうそうラベルを見て躊躇なくすぐ買ったのですが、「獺祭(だっさい)」という山口県の地酒は美味しいですよ。子規の革新的な精神に学ぼうとしてつけた名だそうです。子規の別号は獺祭書屋主人といいます。獺(かわうそ)がとらえた魚を食べる前にならべておくのを祭に見立て、文を書く時に多くの参考書をならべひろげることを獺祭と言うそうです。子規の部屋の様子を思い浮かべ、ふと眼前に視線をやると… 我が家も獺祭でした。そういえば9月19日は子規の命日ですね。

 わが足で酒買いにゆく獺祭忌     邪想庵

●旭酒造 http://jizake.com/html/dassai/01.html
by sabasaba13 | 2005-09-02 06:08 | | Comments(2)