2006年 01月 29日 ( 1 )

野田編(5):利根運河(05.11)

 さて、醤油醸造家の茂木佐平治が自らの邸宅を市に寄贈し、市民会館として利用されている和風建築の外観を見物して、野田市郷土博物館へ。一階では企画展として野田とゆかりが深い人物の紹介、二階は常設展で醤油醸造関係の展示がありました。ここで分かったのが、この博物館を設計したのが山田守でした。御茶ノ水の聖橋、日本武道館、京都タワーなどを設計した建築家で、以前から気になっていた方です。よもや野田で会えるとは。隣にある旧茂木佐平治邸庭園を拝見して目貫通りに戻り、小津が下宿していた山下家跡を確認。煉瓦塀の一部のみ残されていました。その前にある「コロッケの平野」は残念ながら売り切れ。野田市駅に戻る途中にも、給水塔などの醤油醸造物件やかつての豪農らしき民家を見かけました。たわわになる柿が陽に映えてきれいだったなあ。
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 そして東武野田線に乗って、運河駅で下車。目の前には東京理科大学と利根川と江戸川を結ぶ利根運河があります。江戸時代、この二つの河川は関宿を分水点として銚子と江戸に流れ、航路として利用され、川筋の町々は物資の集散地として繁栄します。醤油醸造業が発達したのも、江戸という大消費地への輸送の便と、付近でつくられる大豆と小麦、そして行徳などで生産される塩が結びついた結果ですね。しかし江戸末期に江戸川中流の野田-関宿間に中州ができ船運に支障をきたしたので、オランダ人技師ムルデルを招いて政府が1890(明治23)年に竣工したのがこの運河です。しかし陸運の発達により衰微し、現在は公園として整備されています。まず土手の上の遊歩道兼自転車道をしばし散策しました。運河自体は小規模なものですが、芝で覆われた土手や木々がきれいですね。ゆるやかにうねりながら流れているので、歩くごとに景観の変化を楽しむことができます。こうした広々とした空間というのは精神衛生上まことに結構なもの、身も心も解き放たれます。詩嚢が枯渇しているので、一句も浮かばないのが悲しいところですが。ふと空を見上げると、雁行を組んで飛翔していく渡り鳥の群れが次々とやってきます。野田線の鉄橋の西側は、ムルデルや運河の記念碑がある水辺公園として整えられています。川辺に下りると、向こう岸へ渡る浮橋が何本かかけられています。橋の上で、夕映えを写す川面をぼーっと眺めながらしばし佇んでしまいました。公園のシンボルになっている赤いトンガリ屋根の水量測量塔も愛くるしいですね。そして運河駅に戻り、塒へと向かいました。 というわけで関東甲信越小さな旅野田編でした。実は時間が足りなくて見逃した物件が多々あります。鈴木貫太郎記念館、関宿城博物館、池松武之亮いびき資料館(!)、関根名人記念館、金乗院の算額、鎌倉権五郎目洗いの池、小林一茶足跡の地などなど。また来てみようかな。ただアクセスの悪さ、公共交通機関の少なさには閉口します。思い切って、前から欲しいと思っていた折りたたみ式自転車を買おうかなと逡巡する今日この頃…
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by sabasaba13 | 2006-01-29 09:05 | 関東 | Comments(10)