2006年 02月 11日 ( 1 )

「ミュンヘン」

c0051620_740225.jpg スピルバーグ監督の「ミュンヘン」を見てきました。パレスチナ問題と暴力の連鎖に真っ向から取り組んだ、真面目な骨太の映画です。1972年、ミュンヘン・オリンピックでイスラエル選手が、パレスチナ人組織「黒い九月」によって政治犯釈放のために人質とされ、全員殺害されたシーンからはじまります。その報復のためにイスラエル政府がモサド(秘密諜報機関)に命じて、事件の首謀者11人の暗殺を命じます。そのために五人のユダヤ人が選ばれチームを組んで、次々と暗殺を行っていくというストーリー。
 はじめのうちは、暗殺されるパレスチナ人の「顔」を映画では描きこんでいます。「千夜一夜物語」をイタリア語に訳し、牛乳を買いながら談笑する人、ピアノを習う娘を愛しむ人… しかし暗殺が繰り返されるにつれ、そうした描写はなくなり、殺される標的としてしか描かれなくなります。他者のもつ「顔」が見えなくなり、「われわれ」と「あいつら」という単純な二分法に陥った時に、人間は暴力や殺戮に対して無感覚になっていくのかもしれません。
 やがてパレスチナ側からのユダヤ人に対する報復も激化し、それがさらに彼らをヒート・アップさせていきます。しかし偶然パレスチナの青年と語らう機会を得た主人公は、こうした暴力と殺戮の連鎖に疑問をもちはじます。たぶん「顔」をもったパレスチナ人と向き合ったのは、これがはじめてなのでしょう。同じ疑問をもつ仲間も増えていきますが、暗殺は続行されます。やがて爆弾を恐れてベッドを切り裂き、TVや電話を解体するなど、報復を恐れる彼の精神は蝕まれていきます。このあたりの主演エリック・バナの演技は鬼気迫るものですね。そしてほぼ任務に成功し帰国した彼は、モサドをやめ妻子とともにニューヨークに移住していきます。
 料理が大好きな若きリーダー(主人公)が、子供が生まれたばかりの愛妻家という設定がいいですね。仲間に料理をふるまい、ショー・ウィンドウでシステム・キッチンを凝視する彼の姿に、人種や宗教の違いに関係なく「愛する人と共に食事をする」ことが人間にとって大事なのだというスピルバーグのメッセージを感じました。そうした人間の喜びを脅かす暴力の連鎖を、静かに糾弾した映画だと思います。
 最後の場面で、NYにやってきたモサドの元上司を、主人公は夕食に誘います。「遠来の客を歓待することはわれわれの義務です」 しかし上司は「No」と断り去っていく。その背景に、今はなき世界貿易センターのツインタワー・ビルが遠望できます。パレスチナ人との共存を拒否したイスラエルの態度が、やがて9・11をもたらすと暗示しているのでしょう。

 基本的に暗澹とした血生臭い映画なのですが、「殺す側」と「殺される側」の人間としての「顔」(生活・家族・喜怒哀楽…)をきちんと描いていることで救われます。パレスチナ問題についてコメントをする能力はないのですが、お互いの、同じ人間としての「顔」を知るということが暴力の連鎖を断ち切るための第一歩ではないのかな。監督自身もタイム誌からのインタビューに応じてこう語っているそうです。
 イスラエルとパレスチナの子供たちに、ビデオカメラを配る計画があるんです。それで、お互いの日常を撮影してもらって、それを交換するんです。そうすれば、お互いが、どんな生活をしていて、何を着たり、どんな音楽を聴いたりしているのかが分かるでしょう。
 スピルバーグは本気で中東和平に取り組もうとしているようです。メディアの責任も重大ですね。次は、こうした暴力の連鎖により世界に恐怖と不安と憎悪が満ち溢れることによって、利益を得る側を描く映画を期待します。

 余談ですが、1972年頃といえば、ちょうど私がポップスに夢中になっていた時期です。爆弾のスイッチを押す直前に「パパ・ワズ・ア・ローリング・ストーン」を口ずさんだり、ベイルートでバンドが「ブラック・マジック・ウーマン」を演奏するシーンには、おもわずニヤリとしてしまいました。また主人公のユダヤ人青年とパレスチナ人青年が、ラジオの音楽番組の選局で争い、最後にお互いに妥協できる曲を見出して微笑みあうというシーンもよかったなあ。 (中東和平もこんな風にいけばいいのですが…) 「音楽は何も変えることは出来ない。しかし音楽は何度でも人の心を救うだろう」という誰かの言葉が大好きなので、そうした観点からこの時代のポップ音楽をもっと取り上げてくれたら嬉しかったのですが。

 それにしても、今年は現代世界の戦争や政治を描いた面白そうな映画が目白押しですね。「ホテル・ルワンダ」「イノセント・ボイス」「ジャー・ヘッド」などなど。やはり二期目を迎えたブッシュ政権に対する危機感の現れなのでしょうか、だとしたら嬉しいのですが。日本の映画人にもぜひ期待したいところです。イラク戦争―米軍基地と兵士―沖縄をテーマにした気骨ある作品をつくる、ガッツと識見にあふれるプロデューサーと監督はいませんかあ。
 ヒットするかどうかでその国の知的レベルが明らかになる映画だと思います。さて日本ではどうかな。

●「ミュンヘン」公式サイト http://munich.jp/
by sabasaba13 | 2006-02-11 07:40 | 映画 | Comments(2)