2007年 01月 22日 ( 1 )

「世界を信じるためのメソッド」

 「世界を信じるためのメソッド ぼくらの時代のメディア・リテラシー」(森達也 理論社)読了。中高校生向けの叢書「よりみちパン!セ」の一冊です。今、日本を「美しい国」ではなく「真っ当な国」にするために必要なのは、小泉元軍曹・安倍伍長流の構造改革でも米軍の配下としてとして自衛隊が世界中で暴れまわることでもなく、わたしたちがまともな判断力・批判力・思考力をもつことだと思います。そして魯迅が「子どもたちを救え」と書いたように、次世代の若者たちにそうした力を身につけてもらうこと。偏差値の高い大学に合格するための学力なんてどうでもいいと思います。そうした判断力・批判力・思考力を若者が身につける一助になろうという意気を感じるのが、この素晴らしいシリーズです。以前に紹介した「日本という国」(小熊英二)もこのシリーズの一冊だといえば、その質の高さがわかってもらえるでしょうか。
 著者の森達也氏はオウム真理教を描く「A」「A2」などを作成した気鋭の映像作家であるとともに、執筆活動でも大活躍されています。拙ブログで紹介した「悪役レスラーは笑う」「ご臨終メディア」も彼の著作です。本書は、メディアを読み解く能力(リテラシー)について中高校生向けにわかりやすく面白く説明したもの。チューサン階級(中学三年生程度の学力しかない)の私でも、すらすらと読み進めることができました。井上ひさし氏の座右の銘「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをゆかいに」を見事に実践されています。メディアの歴史と機能についての説明、そして日本のメディアについての具体例や事実をあげながら、メディアが垂れ流す情報を鵜呑みにすることの恐ろしさを説得力あふれる文章で主張されています。さらにテレビ業界で働いていた経験から、メディアが視聴率を稼ぐために事実を誇張・隠蔽するテクニックなども紹介されています。
 メディアはすべて、事実と嘘の境界線の上にいる。だからメディアを正しく見たり聞いたり読んだりしなければならない。そうしたリテラシーをわたしたちが身につければ、メディアも変わる、いや変えなければならない。著者の考えの底流には、人類は進化しすぎたメディアによって滅ぶのではないかという危機感があります。ルワンダにおける大虐殺でラジオが大きな役割を果たしたこともその一例ですね。ではどうすればメディア・リテラシーを身につけることができるのか。もちろん容易なことではないのですが、世界は多面的でとても複雑であり、そんな簡単に伝えられないものであること、でもだからこそ豊かなのだと知ること。
 となると、絶望に至る病とは「無関心」なのかもしれません。若者だけでなくわれわれ大人も、生き生きとした知的好奇心を持ち続けるにはどうすればよいのか。メディアを変えて、そして世界を変えるポイントはこのへんにありそうですね。お薦めの一冊です。
 なお刺激的な文章がありましたので引用します。前者はニュルンベルク裁判におけるゲーリングの言葉、後者は(真偽はさだかではありませんが)ヒトラーがゲッベルスに語ったと言われる言葉です。
 もちろん、一般の国民は戦争を望みません。…でも指導者にとって、戦争を起こすことはそれほど難しくありません。国民に向かって、我々は今、攻撃されているのだと危機を煽り、平和主義者に対しては、愛国心が欠けていると非難すればよいのです。このやりかたは、どんな国でも有効です。

 青少年に、判断力や批判力を与える必要はない。彼らには、自動車、オートバイ、美しいスター、刺激的な音楽、流行の服、そして仲間に対する競争意識だけを与えてやればよい。青少年から思考力を奪い、指導者の命令に対する服従心のみを植え付けるべきだ。国家や社会、指導者を批判するものに対して、動物的な憎悪を抱かせるようにせよ。少数派や異端者は悪だと思いこませよ。みんな同じことを考えるようにせよ。みんなと同じように考えないものは、国家の敵だと思いこませるのだ。
 「青少年」を「国民」に言い換えて、「流行の服」の後に「ダイエット、グルメ」とつけくわえれば、今の日本の状況にそっくりあてはまりますね。昨日の朝刊で納豆ダイエット番組捏造事件がとりあげられていましたが、こうしたおもしろうてやがて悲しき現象が起きている今、そしてプチ・ゲーリング、プチ・ヒトラーの如き安倍伍長が何かしでかしそうな今だからこそ、万人に読んでほしい本です。余談ですが、最近の安倍伍長の顔が大戦末期のヒトラーの顔に似てきたような気がしませんか。
by sabasaba13 | 2007-01-22 06:05 | | Comments(0)