2007年 10月 31日 ( 1 )

ジャン=マルク・ルイサダ頌

c0051620_66711.jpg 先日、浜離宮朝日ホールで、ジャン=マルク・ルイサダのピアノ・リサイタルを聞いてまいりました。あいにく、季節はずれの台風が接近して強風と雨に見舞われてしまい、楽しみにしていた築地市場での寿司三昧は断念。近くのビル内にある喫茶店でパンケーキとスパゲティをいただきました。
 本日のプログラムはドイツもの、いわゆる三大Bの作品です。しかもその構成が興味深い。前半はJ.S.バッハの平均律クラヴィア組曲集第二巻よりイ長調BWV.888、そして間髪おかずにベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番ハ短調「悲愴」に突入します。いきなり爆発した冒頭のffで、椅子から4cmほど飛び上がってしまいました。そして小休止の後、J.S.バッハの平均律クラヴィア組曲集第一巻より変ロ長調BWV.866、そしてまた間髪おかずにベートーヴェンのピアノ・ソナタ第30番ホ長調。演奏前に「曲の順番を変えた」と彼自ら強烈なフランス語なまりの英語で説明したのですが、その意図は何なのでしょう? バッハ→ベートーヴェンにおける音楽の変化を示すためかな、などと考えてしまいました。後半はブラームスの3つの間奏曲 作品117、6つのピアノ小品 作品118、4つのピアノ小品 作品119を小休止なく一気呵成に弾ききりました。アンコールはショパンのマズルカ第24番。
 生活の塵を流してくれるような、素敵なピアノでした。自由奔放なフレーズの歌い方、自在に揺らめくテンポ、劇的な強弱の対照、そして美しい弱音。それを支えているのは「この曲の素晴らしさをみんなに感じてほしい、そのために私は(慣習や常識にとらわれず)こんなふうに弾きたい」という真摯にして情熱的な想いだと思います。まず自分ありき。まずミスをしない、次に譜面通りに正確に弾く、そして観客に媚びるといった優等生的、コンクール向けの安全運転とは対極に位置する演奏です。フルスロットルで原野や砂漠を駆け抜けるラリーの如き演奏、よってミスも散見されますが私には全く気になりませんでした。そりゃあ冒険すればミスも起きるよね、Mr.ルイサダ。これからが油ののる時期でしょう、しばらく彼から目を離さないようにします。感謝の意をこめて、ベートーヴェンの言葉を捧げます。(なだいなだ著「娘の学校」からの孫引き)
 新しい美を創造するために、破ってはならない芸術上の規則などない。
 追記その一。譜めくりの青年が、あまりにミスをするので呆然としていまいました。タイミングを外すは、ひどい時には忘れるは。ルイサダも「しょうがないなあ」とあまり気にとめていなかったのも気になります。推測は述べませんが、何か事情がありそうな気がします。
 追記その二。彼は大の映画ファンで、愛犬にボギーという名をつけているそうです。だったらアンコールで"As time goes by"を弾いてほしかったなあ。すぐ「ジャン、その曲は弾くなと言っただろう!」と茶々を入れたのに。
 追記その三。彼のピアノを聴いてつくづく思いました。私も弾けるようになりたい…
by sabasaba13 | 2007-10-31 06:06 | 音楽 | Comments(0)