2008年 02月 13日 ( 1 )

「しぶちん京都」

 「しぶちん京都」(グレゴリ青山 メディアファクトリー)読了。著者は女性漫画家・イラストレーター。京都出身で、アジアのあちこちをぶらついて面白い紀行・奇行マンガを発表しています。それを読んだ時からファンなのですが、普通気づかない事に反応する観察眼、大胆な行動の結果生み出される様々なエピソード、それをユーモラスかつ個性的なタッチで描く表現力には魅かれますね。その彼女が自らの経験にもとづいてありのままの京都を描いたのが本書、「ナマの京都」につづく第二弾です。あいかわらず絶好調ですね。冒頭の「しぶちん夜遊び案内」(金をかけずに京都らしさを味わう)から、もう抱腹絶倒です。相部屋のゲストハウスに宿泊し(宿泊客の半分以上が外人)、東華菜館で鴨川・南座を眺めながら水ぎょうざに舌鼓を打ち、居酒屋「静」で60年代にタイムトリップし、夜の薄暗い宮川町を徘徊して舞妓の化粧・衣装は薄闇の中でもっとも美しく見えるように考えられているのだと発見する…
 他にも町屋の実態、銭湯天国京都、錦市場での壮絶なアルバイト体験、未来くん(88年の京都国体マスコット)の哀愁京都案内(京都タワー・国立博物館)、地蔵盆や仏教系高校の思い出などなど、一筋縄ではいかない京都案内がてんこ盛り。趣味人ぶらず文化人ぶらず、庶民と同じ目線でありのままの京都を見つめるグレゴリ氏の姿勢は魅力的です、たかが京都、されど京都。そして京都のラーメン(ex.新福菜館)のように油っこくて濃厚だけれどしつこくない、へたうまな絵もいい味です。特に黒目(白目なし)・点目で、人の高慢・驚愕・軽侮・卑屈という感情を自由自在に表現する画力には恐れ入ります。
 なお「はじめに」の一文は、日本文化の見直しを求める衝撃的なものですね。
 なぜそんなに京都人はしぶちんなのか? それは京都人が"倹約するのが大好き"-だからではないかとグ(筆者注:グレゴリ青山氏の自称)は思います。いにしえの昔から"ケチ"と呼ばれ続けられるなんて、よほど倹約好きでないとつとまることではありません。実は京都人は倹約を楽しんでいるのです。もともとは安いものをいかに高級そうに見せるかということに(例えば京料理、茶道や華道など)知恵をしぼるのが大好きなのです。そう、"しぶちん"は文化なのです。
 そうかっ、こう考えると利休の美学も"しぶちん"の美学なのですね。豪華さ/珍奇さが欠けている状態・物=簡素で味のある実用品 に、これまで誰も気づかなかった"美"を見出したのが利休ではないかとつねづね思っていましたが、これは言い換えれば「しぶちん」です。「しぶちん」の「しぶ」は、渋さに通じているのかもしれません。恐るべし、京都。
by sabasaba13 | 2008-02-13 06:08 | | Comments(0)