2008年 04月 27日 ( 1 )

「戦後日本は戦争をしてきた」

 「戦後日本は戦争をしてきた」(姜尚中・小森陽一 角川oneテーマ21 A-75)読了。きわめて意欲的な政治的発言を日々行っている両氏による対談です。さて"政治"とはそもそも何ぞや。いくつか定義を集めたので紹介します。「関係する人々すべてを拘束することがらを決定すること」(橋爪大三郎)、「一つの集団の秩序を維持するために、対立する考えや利益を調整して、集団としての意思を決定し、それを実現すること」(新藤宗幸)、「言葉で人を動かし、言葉で世界を変え、言葉で人とともに生きていくこと」(加藤典洋)。政治的発言や行動を忌避する残念な傾向がこの国には見受けられますが、なんてとこはない、みんなを拘束する重要な決定は政治家・官僚に任せておけばよいという退嬰的な態度なのですね。それが年間の自殺者が三万人を超えるという、信じられないほど非人間的にして没義道な現状を再生産させていると考えます。よって真っ当な未来のためには、市民による積極的な政治的行動と発言が必要だし、特にその中核となるべき知識人・言論人の責務は大きいでしょう。姜氏も小森氏も、その重責を真摯に担おうとしている知識人として注目すべき存在です。
 本書は、「テロ」と「戦争」についての大まかな現状分析、戦後日本を「平和国家」とする言説への批判、真の「平和国家」とはどういうものかに関する考察、それを踏まえた上での日本への提言、という四部構成となっています。対象とする問題があまりにも大きいので、議論がやや散漫となった印象をもちましたが、これはやむをえないでしょう。ただ戦後の/今の日本を「平和国家」だとする思い込みを崩さないことには、現状を正確に把握できないし、将来の展望も見えてこないということはよくわかりました。両氏の基本的な考えは、第二次大戦が終結した1945年から、サイゴンが解放された1975年までを、植民地の独立戦争と東西対立が絡んだ「アジア三十年戦争」の時代だったととらえ直すということです。そして戦後の日本は西側アメリカ陣営の一員として朝鮮戦争・ベトナム戦争に積極的に関与し、その戦争の時代が生み出した利益をアメリカ経由で全部吸い上げて肥え太った。それが高度経済成長なのですね、この歴史的事実をしっかりと認識しましょう。この枠組みをいまだひきずっているのが北朝鮮、言い換えると朝鮮戦争は停戦協定が結ばれているだけであってまだ終わっていないのですね。かの国の頑なな外交姿勢を理解するには、「四面楚歌」という状況の中で必死に生き残りの道を模索している北朝鮮首脳部(党官僚+軍)の存在を認識することがポイントですね。(これは敗戦直前の日本帝国首脳部のことを思い出せばすぐに納得できます) よって姜氏はこう展望されています。
 北朝鮮には、停戦協定を平和協定にかえたいという要求が一貫してあるんです。…もし平和協定が樹立されれば、米朝の国交正常化が並行して進むでしょう。その進展を通じて、六者協議は軍縮管理、軍縮のための恒常的制度に移行する。こうなれば、この地域に初めて多国間の安全保障ができあがると思います。
 六者協議が成功すれば拉致問題もその延長線上で解決できる可能性が高くなるでしょう。さらに多国間による安全保障体制が東北アジアできあがれば、米軍基地問題、沖縄問題、そして防衛省の汚職など山積している問題も解決できますね。こうした問題の根っこにあるのは、「北朝鮮は何をしでかすかわからない危ない国だから、米軍と自衛隊の軍事力強化は必要」という認識ですから。たとえ政治家・官僚の本音は、アメリカ新保守派による世界つくり替え計画+石油資源支配の片棒をかつぐということであるとしても、有権者向けのアナウンスとしてはこう言わざるを得ないでしょう。よって北朝鮮との平和協定成立→東北アジア安全保障体制の確立がうまくいけば、この言説を封じ込め、そして米軍基地の撤廃・自衛隊の縮小/撤廃・軍需産業がらみの利権の縮小へとつなげられると思います。まさか「世界の意のままに操ろうとするアメリカの片棒をかついで、そのおこぼれにあずかろう」とは強弁できないでしょうから。
 もし「あまりにも甘くイージーな見通しだ」と言われる方がいたら、姜氏が紹介されているドイツの元外務大臣ゲンシャーの言葉に耳を傾けてください。彼はゴルバチョフと冷戦崩壊を演出した人物です。
 私はあの体制が憎い。あの体制をこの地上から葬り去りたい。しかし東ドイツは存続している。ならばどうしたらいいか。交渉する。私は外交官として交渉した。これが政治だ。
 敗戦後の、今の、そしてこれからの日本と東北アジアを考える上で、触媒となってくれる良書です。お奨め。
by sabasaba13 | 2008-04-27 08:04 | | Comments(0)