2008年 07月 27日 ( 1 )

「族譜・李朝残影」

 「族譜・李朝残影」(梶山季之 岩波現代文庫)読了。かなり前のことですが、知人のT氏から本作の存在を教示していただき、いたく興味をそそられました。しかし絶版のため入手できず忘却していたところ、岩波現代文庫に所収されていることに気づきさっそく購入。著者は「黒の試走車」などの企業小説やエロチックな小説など多彩な方面で活躍された人気作家ですが、1975年、45歳の若さで逝去されました。実は、朝鮮の植民地官僚の家庭に生まれ、敗戦の年に内地に引き揚げてくるという体験をしていたのですね。それをもとに朝鮮に関する小説も何作か執筆されていました。本書はその中の代表作である短編「族譜」「李朝残影」「性欲のある風景」をおさめたものです。いずれも併合されて日本帝国の支配下にある朝鮮を舞台にしています。
 「族譜」 朝鮮では家督を嗣いで当主となった長男が、一族の婚姻や生死などを丹念に記録していきますが、この大部の書を族譜といいます。主人公の若い日本人官僚は、創氏改名を拒否する大地主を説得するという仕事を割り当てられます。親日家でありながらも族譜に記入する氏の変更だけは頑として受けつけない大地主、彼の人柄に魅かれその一族の七百年の歴史に圧倒されながらも創氏を強要せざるをえない主人公。総督府はありとあらゆる手段を使い、この大地主を追い込んでいきます。主人公のモノローグが印象的でした。
 鉛のように重たく、疼くようにし激しく、僕の周りを取り巻いている、黒い渦。僕は、この黒い渦から逃れられない。自分の感情は釘づけにされたまま、深い沼の底へ引き摺り込まれて行っている。
<こんな時代に、考え、苦悩する方が狂っているのだ>
 僕は、そんなことを、ぼんやり納得していた。考えること、批判すること、それらは自分の身に逆に突き刺さってくる鋭い棘だった。だからこそ、禁忌(タブー)なのだ。その頃、僕に必要なのは、仕事への完全な惰性であった。
 アジア・太平洋戦争期の文官官僚・軍部官僚に関しては、情け容赦なく総力戦体制を構築し戦争を遂行というイメージをもっていました。そうした黒い渦の中、鉄の如き組織の一員として、この主人公のように煩悶していた人々もいたのでしょう。しかし、考え、批判し、苦悩することは、官僚組織においては禁忌であり、己を突き刺す棘となる。思考や感情を殺して、惰性としての仕事(=戦争)を緘黙に遂行するしかない… 官僚組織のおぞましさ・悲しさとともに、官僚のもつ人間としての一面を感じさせてくれる独白です。今現在でも、どこかでこのように苦悩している官僚諸氏がいるのだろうなあ、いやいてほしいなあ。
 「李朝残影」 失われつつある朝鮮の宮廷舞踊を受け継ぐ妓生(キーサン)と、彼女の舞に惚れ込んだ若い日本人画家の物語。日本人を憎悪する彼女は、絵のモデルとなることを拒否します。しかし徐々に心が打ち解け、画家の自宅でモデルをつとめていた彼女が、ふと彼の父の写真を見つけてしまう。彼女の父を堤岩里(チエアムリ)で殺した警察官だったのですね。堤岩里事件(1919.4.15)について補足しておきます。三・一運動によって日本人巡査二名が殺害されると、日本軍・警察は報復のため、堤岩里という村の十五歳以上の男子二十一名を礼拝堂に閉じ込め、石油をかけたうえ火をつけ、包囲して一斉射撃をし彼らを殺害、さらに日本軍警は村全体に放火し、三十二戸を焼き払ったという事件です。以後、二度と彼女は姿を現さず、そして完成した絵は展覧会(鮮展)で特選を受賞します。しかし…
 「性欲のある風景」は、著者自身の体験をもとに、1945年8月15日における若い日本人学生の一日を描いた小品です。

 当時の朝鮮社会の状況、日本による植民地支配の実態など、知識としては知っているのですが、こうした小説という形で提示されるとより具体的なイメージが喚起させられます。著者の経験にもとづくために、リアリティもあります。また前二作では、ある朝鮮人との出会いによって、彼ら/彼女らも個性と意思をもった人間であることを気づかされ、植民地支配を空気の如く自然な状態と思い込んでいた主人公の日常に裂け目が走っていく、その心理描写も上手いですね。すぐ読み終えられますが、読後感は重い一冊。お薦めです。

 本日の一枚は、十数年前に訪れた堤岩里にあった犠牲者の墳墓です。
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by sabasaba13 | 2008-07-27 05:39 | | Comments(0)