2008年 07月 31日 ( 1 )

「旅順と南京」

 「旅順と南京 日中五十年戦争の起源」(一ノ瀬俊也 文春新書605)読了。本書で知ったのですが、歴史研究者の藤村道生氏が、日清戦争から太平洋戦争敗戦までの一連の事態を指して「日中五十年戦争」という概念を提唱されたそうです。(「日清戦争 東アジア近代史の転換点」岩波新書) 中国の植民地化をめぐる日本と欧米列強の角逐は、日本の近代史を読み解く上で重要な視角だとつねづね思っております。さっそくこの本も読んでみよっと。
 さて本書は、日清戦争を日中戦争の起源ととらえ、この戦争に従軍した兵士・軍夫の体験が、その後の戦争にいかに引き継がれたか/引き継がれなかったかを問うものです。そのきっかけとなったのが、日清戦争に従軍した上等兵と軍夫の日記を古書店の目録で見つけたこと。研究者にとって、こうした貴重な史料に出会えた時の喜びは言葉に出来ないでしょうね。とともに、古書店を大事にしないといけないなあ、最近神保町に行ってないなあ、などと思ってしまいます。それはさておき、なかなか脚光が当たらない軍夫について、その戦場における役割や行動を知ることができたのが収穫でした。想像はしていたのですが、兵士にくらべてその待遇がきわめて劣悪であったことがよくわかりました(ex.装備・衣服・食糧・埋葬…)。そしてそれを補うための掠奪。例えばこんな記述があります。
 茂早や寒さも烈しく、身なりは単えの半天、同股引、あまりさむさの強きゆえ、悪るいと知りつつチャン公のきもの徴発してこれきてさむさを凌ぐ、思い思いにきたふうぞく余程妙てこなふう成り (1894.11.27)
 なおこの日記を残した丸木力蔵という方は、絵心もあり、戦場における日々の暮らしをていねいな筆致で描き残しています。その中で、中国の人々の風俗などを描いたものも散見されます。上記の日記にも「悪るいと知りつつ」と記されていたように、彼に関しては、中国人に対する露骨な差別意識に捉われていなかったようですね。もちろん、これを全兵士・軍夫にあてはめるような即断はできませんが。
 そして著者が指摘するのは、日中戦争(1937‐45)で日本兵によって引き起こされた捕虜虐待、掠奪、放火といった数多の事態が、すでに日清戦争で起きていたということが、この日記から分かるということです。さらに日記を残した二人は旅順虐殺事件に関する記述もしるしているのですが、南京虐殺との多くの共通点・類似点も見受けられます。昭和の軍隊は軍規が緩んだ、明治の軍隊は立派だった、という物言いは通用しませんね。それではなぜ、こうした事態を軍は教訓として記憶せず、ふたたび繰り返されることになったのか? 著者は、世代交代によってこうした体験が語り継がれなかったこと、そして日露戦争というより苛烈な体験が日清戦争の記憶をかすませてしまったことを理由としてあげておられます。さらにこうした事態を自ら引き起こした、あるいは見聞した兵士たちは、それをどう語ったのか、そして地域社会はどう受け取ったのか。著者は、彼らが語った戦場の、そして中国民衆の悲惨さが、「だからこそ対外戦争には負けてはならぬ」「だからこそ大日本帝国はありがたい」という文脈へと(地域社会によって?)誘導されていったと述べられています。

 戦争が外交の一手段であり、敗戦国が賠償や領土割譲などの不利益を甘受せざるをえなかったこの時代、敗戦国には絶対になりたくないという人々の気持は理解できます。しかし、それと、一般市民に対する加害は別問題だと思います。中国民衆への加害の記憶がいとも簡単に消え失せてしまったこと、そして戦場においては一般市民が非人道的な被害をこうむるのは当然だという思い込み。まとめて言えば「戦場における、一般市民への非人道的な行為はやむをえない」という考えを、多くの日本人が許容・受容していたことがポイントだと思います。そしてこれは日本人だけの問題なのか、あるいは人類に共通する問題なのか。これに関しては、加藤周一氏の鋭い考察(「春秋無義戦」)があるので、長文ですが引用します。(「夕陽妄語Ⅳ」 朝日新聞社)
 問題は、いくさや犯罪を生みだしたところの制度・社会構造・価値観―もしそれを文化とよぶとすれば、いくさや犯罪と密接に係りあった文化の一面との断絶がどの程度か、ということである。文化のそういう面が今日まで連続して生きているとすれば、―今日の日本においてそれは著しいと私は考えるが、―そういう面を認識し、分析し、批判し、それに反対するかしないかは、遠い過去の問題ではなく、当人がいつ生まれたかには係りのない今日の問題である。
 過去の犯罪の現存する条件を容認して、犯罪との無関係を主張することはできない。直接の責任は、若い日本人にはない。しかし間接の責任は、どんなに若い日本人も免れることはできないだろう。彼または彼女が、かつていくさと犯罪を生みだした日本文化の一面と対決しないかぎり、またそうすることによって再びいくさと犯罪が生み出される危険を防ごうと努力しないかぎり。
 たとえば閉鎖的集団主義、権威への屈服、大勢順応主義、生ぬるい批判精神、人種・男女・少数意見などあらゆる種類の差別…そういうことと無関係に日本帝国主義が成立したのではなかった。
 非人道的・非人間的行為と日本の「文化」の関係、そしてそうした負の「文化」を払拭するための不断の努力、これについてはこれからも真摯に考え続けていきたいと思います。そして日本軍が行った戦争犯罪だけを断罪するのではなく、また免責するのでもなく、20世紀の戦争・現在の戦争において各国がおかした戦争犯罪と「文化」との関係についても。
 そしてもう一つ。パリ不戦条約(1928)以後(建前だけであれ)根づきつつあった、どのような名目であれ侵略戦争は不正義であるという世界的合意が、9.11以来急速に崩れていることです。"テロ"殲滅という免罪符をふりかざせば、戦争が正義となる… 春秋無義戦、今から約2300年前に孟子が語った言葉が、今だからこそ重く心にのしかかってきます。
by sabasaba13 | 2008-07-31 18:59 | | Comments(0)