2008年 08月 31日 ( 1 )

フェルメール展

 先日、上野の東京都美術館でフェルメール展を見てきました。現存が確認される作品がわずか三十数点という寡作の天才画家、そのうちの七点が集められているのですから、これは見逃すわけにはいきません。これまでもアムステルダム国立美術館、デン・ハーグのマウリッツハイス美術館、ロンドンのナショナル・ギャラリー、ルーブル美術館、ウィーン美術史美術館を経巡って、彼の作品を追っかけてきましたが、現物の放つオーラに包まれたあの至福のひと時をまた堪能できるかと思うとわくわくします。すでに初日に訪れた山ノ神の話では、それほど混雑してはいなかったとのこと。八月の小糠雨が降るある平日の午前九時半、美術館に着きました。行列も嬌声もなくすぐに当日券が買えたので、これならば落ち着いてじっくりと見られそうです。やれやれ。
 日ごろ浴びている俗塵で汚れた眼を純粋に楽しませあげたいので、イヤホン・ガイドは借りませんでした。七点の中でとくに釘付けになったのが、「小路」(アムステルダム国立美術館)、「リュートを調弦する女」(メトロポリタン美術館)、そして「手紙を書く婦人と召使い」(アイルランド・ナショナル・ギャラリー)です。もし一つもらえるのだったら(※送料・保険料については要相談)、後者二点で迷いますが、うーん、「リュートを調弦する女」かな。色彩を抑えた地味な絵なのですが、それだけに光が織り成すドラマを純粋に味わえるような気がします。室内にさしこむ光の瑞々しい柔らかさ、それがつくりだす陰翳、スポットライトをあびたような女の黄色い服、そして窓の外を見やる彼女の意味ありげな表情、これらが渾然となってかもしだす静謐感。地図・テーブル・家具・窓枠といった方形と直線が、キャンバスを絶妙のバランスで分割していますが、これも当時としては斬新な構成ではないのかな。モンドリアンはこの絵を見て影響を受けたのかな、などと想像するのも一興です。また一点一点について解説のついた複製写真のパネルが設置してあるのもいい試みですね。
 他に、ほぼ同時代にデルフトを中心として活躍した画家たちの絵も展示してあります。その題材の多くは都市風景画・室内画・家族画で、東インド会社による交易や金融で栄えたオランドの裕福な市民たちの趣味が反映されているのでしょう。聖書・神話・歴史的モニュメントではなく、自分を、自分の家族を、自分の部屋と家を、自分を住む都市を描いてほしいという気持ちが伝わってきます。フェルメールの絵も、こうした流れの中に位置づけることができそうです。
 なお彼が亡くなったのが1675年、その後1680年代以降オランダの長期凋落が顕著になってきます。台湾商館を鄭成功に奪われ中国貿易を拠点を失ったこと、徳川政権が貿易制限策をとったため日本から金・銀を大量にもちだせなくなったこと、さらにインド綿織物価格の高騰でこれらを東南アジアにもちこみにくくなったことなどが原因のようです。"ヘゲモニー国家"オランダの全盛期とともに、フェルメールの絵があったことを忘れないようにしましょう。そしてその繁栄を支えたのが、日本を含むアジアであったことも。

 それにしても、なぜ日本の美術館では写真撮影ができないのかなあ。経験則では、ヨーロッパではヴェネツィアのアカデミア美術館とアイルランドのナショナル・ギャラリー以外はすべて写真撮影可能でした。憧れの彼女とのツー・ショットを含めた写真を掲載しておきます。さてどこの美術館でしょう?
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by sabasaba13 | 2008-08-31 09:34 | 美術 | Comments(0)