2008年 09月 10日 ( 1 )

瀬戸内編(8):祝島(08.2)

 そして原発問題。祝島のホームページに概略がありましたので、かなりの長文ですが転載させていただきます。
 1982年に中国電力が山口県上関町四代田ノ浦に出力135万キロワット級の沸騰水型軽水炉2基の建設計画を発表した。原発建設予定地は祝島の対岸、海を隔ててわずか4キロ先だ。もしここに原発が建設されれば、祝島の島民は毎日原発と向かい合って暮らさなければならない。また、祝島と建設予定地との間は豊かな漁場で、祝島の漁師さんたちの生活基盤になっている。いや、漁師さんたちだけではなく、祝島の島民はみんな、ここで獲れる新鮮な魚や貝や海草を毎日のように食べているのである。

 この計画が発表された直後から島では当然激しい反対運動が起こった。おそらくこの時点では島民のほぼ100%が反対であったと思う。しかし、その反対運動が個人攻撃になってしまったために、原発そのものには反対の立場だが、その反対運動のやり方に疑問を呈する人たちも現れた。過激な反対派は自分たちの反対運動についてこない人たちをも推進派と称し、反原発デモの攻撃対象とした。それ以来じつに15年間、祝島は反対派(9割)と推進派(1割)に二分され、対立するという不幸な状態が続いている。この間、伝統の「神舞」も2度中止になっている。かつて誰もがお互いに助け合って生きてきた人たち同士なのに、今は対立する派閥の人とは互いに話もあまりすることがない。この状態はいつまで続くのだろうか。なんとかして元のような状態に戻せないものだろうか。

 日本各地の原発建設予定地(ほとんどは過疎地)でも同じような状態が起こっている。住民同士の対立を生んでまで原発を誘致する必要が果たしてあるのだろうか。確かに原発が建設されると地方自治体に莫大な交付金が入り、町の財政は安定し、それによって道路やいろいろな福祉施設などが建設されて便利にはなるだろう。しかし、一方では住民の対立や自然破壊などを引き起こす。しかも、現在各地の原子力施設で事故や故障が発生しているように、原発は絶対に安全なものではなく、核廃棄物の処理方法もいまだに確立されていない。国内の各原発施設には、処理できない核廃棄物が貯まり続けている。原発の近くに住む人々は常に不安を抱いて暮らさなければならない。上関原発の場合は、特に予定地の真正面に位置する祝島に住み続けるのは、ものすごく不安だ。国内の他の原発施設でも、住宅地のこれだけ近距離で、しかも真正面の位置に建設されている施設はおそらくないだろう。「原発で町は発展するのだから、祝島のものは我慢しろ」とでも言うのだろうか? そもそも、豊かな自然環境は上関町の大きな(そして唯一の)財産でもあるはずで、これは上関町としてもそういうふうにPRしている。にもかかわらず、大きな自然破壊を伴う原発を誘致するとは、ばかげた話である。実際に原発の建設や運転によって、どの程度の自然破壊が起こるか想像はつかないが、人々が上関町に対して抱くイメージとしては、「自然がたっぷりあって、新鮮な海の幸が食べられて、のんびりくつろげる町」という従来のイメージから、「原発があって、できればあまり近づきたくない町」というイメージに変わるのは明らかである。あの東海村の原子力施設の事故でも、現地の農作物などは事故による物理的な影響よりも、人々が抱く「あそこの農作物は危険」というイメージによる影響の方が遙かに大きく、農家の人たちもそのイメージを払拭するのに四苦八苦していたのである。そういう意味からも、上関町にとって原発誘致は大きなイメージダウンになるだろう。

 情報通信技術と物流の発達によって、これからは田舎にいても、個人の技量とアイデアによって都会と変わらない仕事もできるようになっていくだろう。そうなると、住みにくい都会を離れて、上関町に帰ってくる人たちも徐々に増えていくだろう。その時、原発の存在は大きな足枷になってしまうのではないだろうか。わざわざ原発の近くに住むために帰ってくる人などいるとは思えないからだ。原発を建設することは、原発以外の町の発展の道を閉ざすことにつながり、それこそ「原発なしではやっていけないつまらない町」になってしまうのではないだろうか。
 中電の発表から15年以上が経ち、経済情勢や人々の考え方も変わってきている今、上関町の将来のために本当に良い選択は何か、再考すべき時にきていると思う。
 言葉もありません。「飢えさせて毒饅頭を食わせる」という政治的手法がここでも行われているのですね。弱みにつけこんで厄介なものをおしつけるために、あえて離島や過疎地の現状を放置しているのではないか、などと邪推してしまいます。違いますが、官僚・政治家のみなさん。なお核(原子力)発電の問題点については、下記の本および拙い書評を読んでいただけると幸甚です。

核大国化する日本」(鈴木真奈美 平凡社新書336)
内部被曝の脅威」(肥田舜太郎/鎌仲ひとみ ちくま新書541)

 ただ希望もあります。ご主人曰く、島内での対立に和解の兆しがみえてきたそうです。神舞を島人みんなで手を取り合って続けたいから、そしてこれまでのように困った時に互いに助け合っていきたいから、という想いがこの対立を氷解させつつあるのではないか、と言われました。良い言葉だなあ、思わず涙腺がゆるみそうになりました。

 最後にご主人に質問しました。部屋の窓に「お願い ツバメが入りますので網戸を開放しないで下さい」という貼紙がありましたが、どういうことですか? 曰く、以前ツバメが部屋の中にある柱時計に巣をつくってしまったそうです。可哀相なのでそのまま見過ごしていたところ、毎年巣をつくるようになり、部屋が糞だらけになってしまった。さすがにこれはまずい、と巣を除去しても、隙をみて部屋の中に巣をつくろうとするため、やむをえず網戸で締め切ることにしたとのことです。何とも心優しいご主人でした。

 追記。2008.4.14、上関原発をめぐる裁判で、下記のような最高裁判決がでました。以下、asahi.comより引用します。
 中国電力が山口県上関町で計画する原子力発電所の建設予定地をめぐり、反対派住民3人が共同で使う権利(入会権)を持つことについての確認を中国電などに求めた訴訟の上告審で、最高裁第一小法廷(泉徳治裁判長)は14日、住民側上告を棄却する判決を言い渡した。住民側敗訴の二審・広島高裁判決が確定した。

 訴訟の影響などで延期が繰り返された計画は、判決により大きく進む見通しだ。

 問題の土地は、同町四代地区にある原発予定地内の約9500平方メートルの山林。地区の共有地として登記されていたが、中国電が98年に地区の役員会の合意を得て別の社有地と交換して取得した。反対派住民は「薪を採るなど山林原野を共同利用する入会権を持っている」と主張していた。

 これに対し、第一小法廷は「入会権の処分については地区の全員の同意は必要なく、役員会の全員一致の決議に委ねる慣習があった」として、中国電との土地交換は有効だと結論づけた。一方、二審判決が「入会権は時効により消滅した」と指摘していた点については否定した。

 5人の裁判官のうち3人の多数意見だった。泉、横尾和子の両裁判官は「慣習は成立しておらず、高裁判決を破棄して審理を差し戻すべきだ」と反対意見を述べた。

 一審・山口地裁岩国支部は03年3月、反対派住民が入会権を持つことを認め、中国電による木の伐採や整地を禁じる判決を言い渡した。一方、05年10月の二審・広島高裁判決は「役員会で処分を決める慣行があった」として逆転判決を言い渡していた。
 やれやれ、最高裁ってえのは、ほんとに政府・財界べったりの判決をだしますねえ。こうしたきわめて重要な裁判に、裁判員制度を関与させないのが納得できません。政府・財界に不利な判決が出されるのを怖れているのでしょうね。ぜひとも多数意見を述べた三人の裁判官の氏名を備忘のために記しておきたいと思います。甲斐中辰夫、才口千晴、涌井紀夫各裁判官です。次の衆議院総選挙における国民審査の際に、参考にして下さい。
 それにしても原発問題に関するマス・メディアや人々の反応の鈍さが大変気になります。チェルノブイリ級の大事故が起きないと目が覚めないのでしょうか。その時には、もうお仕舞いなのに…

 追記の追記。2008.4.11、自衛隊官舎で反戦ビラを配布した方々を有罪とした裁判官は、今井功、津野修、中川了滋各裁判官です。絶対に忘れません。
by sabasaba13 | 2008-09-10 06:14 | 山陽 | Comments(0)