2008年 09月 14日 ( 1 )

「あの頃、あの詩を」

 「あの頃、あの詩を」(鹿島茂[編] 文春新書608)読了。団塊の世代が中学生だった昭和30~40年代の国語教科書に掲載された詩のアンソロジーです。登場する詩人の名を列挙するだけでも、あまずっぱいものが胸にこみあげてきます。宮沢賢治、高村光太郎、北原白秋、三好達治、島崎藤村、丸山薫、千家元麿、山村暮鳥、室生犀星、大関松三郎、草野心平、村野四郎、ブッセ、ブラウニング、ヴェルレエヌ、コクトー、ラスキン、ロングフェロー、ワーズワース、ヘッセ、そしてホイットマンなどなど。私も1960年生まれ、このうちの何篇かは実際に教科書で読んだ記憶があります。「子供たちよ。/これは譲り葉の木です。」(河井酔茗)、「僕の前に道はない/僕の後ろに道は出来る」(高村光太郎)、「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。」(三好達治)、「神、そらに知ろしめす。/すべて世は事も無し。」(ブラウニング)などを読むと、新学年になってもらった真新しい教科書の芳しい匂いが鼻腔によみがえってきます。あらためてまとめて読んでみると、人間と自然を賛美する、ある意味では単純ですが、その分だけ心にすっと入ってくる力強い/美しい詩が多いですね。鹿島氏は、こうした教科書を実際に編修した方々は十五年戦争に青春を吸い取られた世代で、九死に一生を得て日本の土を踏んだ彼らは、二度と戦争があってはならないという思いから、自分たちの心の原点であった昭和初期の平和な時代の詩を重点的に選んだ、と分析されています。小学校の教員である友人は、今、教科書から詩がどんどん消されていると憂慮していました。かわりに企業における営業活動で即使えるような散文が多くなっているそうです。言葉のもつ力や美しさを読みとる想像力や感受性を子供たちがもつことを、文部科学省の官僚たちは恐れているのかもしれませんね。
 私が一番好きな詩、ジャン・コクトーの「シャボン玉」(堀口大学訳)を引用します。
シャボン玉の中へは
庭ははいれません
周囲をくるくる回っています
 一つ苦言を呈すれば、掲載された教科書名と発行年に関する言及がなかったこと。これは是非とも載せるべきだと思います。
by sabasaba13 | 2008-09-14 08:00 | | Comments(0)