2008年 10月 26日 ( 1 )

瀬戸内編(37):鞆(08.2)

 そして安国寺へ、その手前には鎌倉末期につくられたという日本最古の地蔵仏をおさめた地蔵堂がありました。するとどこからともなく現れた地元のおじさん、うらぶれた中年男性を見て不憫に思ったのかお地蔵さんや安国寺についての説明をしてくれました。んが、やがて話は南北朝動乱から室町、戦国、安土桃山と進み、壮大な歴史ロマンの様相を呈してきました。これはやばい、そろそろ徘徊を再開しないと日が暮れてしまう。「安国寺恵瓊が…」のところで、申し訳ないと話の腰を折り、丁重にお礼を言ってお別れしました。
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 しばらく歩くと「こばた」物件を発見、しかも透かし彫りになっています。これは逸品ですね、恐るべし鞆の浦。
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 そして沼名前(ぬなくま)神社に到着。こちらにはかつて伏見城にあった秀吉愛用の能舞台があります。組立て式で、分解して戦場にも持ち運べるようになっているとか。門前の鳥居をふと見上げると、道幅いっぱいに広がっている笠木が民家の二階近くまで食い込み、おそれをなしたアルミサッシの手すりが先端部を避けるようにしつらえてあります。そういえば、以前に京都錦市場のあたりで笠木の先端が、完全にレストランの二階に食い込んでいる鳥居を見かけました。内部はどうなっているのかと無性に気になり、そそくさと入店して珈琲を注文してその席につくと… 壁から先端部が少し飛び出ていました。以上二件、自信をもって「日本三大鳥居に遠慮物件」として言上したいと思います。あと一つ? そのうち見つかるでしょう。
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 町の中央には古い民家・商家が集まる一角があるので、のんびりと散策。「公徳心を高めましょう 鞆体育会」という謎の掲示板がありましたが、"公徳心"なんてひさしぶりにお目にかかったなあ。"鞆体育会"という組織も気になります。そして医王寺へと向かいましょう。
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 途中にあったのが「ささやき橋」、なんでも応神天皇の頃、百済使節の接待役と官妓が役目を忘れて夜毎にここで恋を語り合っていたそうです。それが発覚して二人とも海に沈められたという伝説。*が小さいなあ、それぐらいいいじゃん、とつい思ってしまういい加減な私。近くには山中鹿之助の首塚がありました。
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 このあたりでもしぶい洋館や民家が散見されます。
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 そして医王寺に着きましたが、ここからの眺望は素晴らしいですね。鞆の町並みと仙酔島を一望することができます。絶景絶景。ん? ここから二十分ほど山道を登るとさらに眺めがよい太子殿があるよ、という看板が立っています。据え膳、もといっ、誘われたら嫌とは言えない内気な私、ようがす、行ってみましょう。ナンバリングが彫ってある、それほどきつくない石段を上って太子殿に到着すると、おおっ、さらに見事な眺望が開けます。ここはお薦めです。

 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2008-10-26 07:21 | 山陽 | Comments(0)