2008年 10月 28日 ( 1 )

瀬戸内編(39):鞆~岡山(08.2)

 雨も上がったようなので、彷徨を再開。せっかくなので船で仙酔島に渡ってみることにしました。市営渡船場から20分間隔で小さな渡し船が出ており、わずか五分ほどで到着です。
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 国民宿舎や遊歩道、展望台、ハイキングコースなどがある、ちょっとしたレジャーに向いたきれいな島ですが、時間もないので次の船で戻ることにしましょう。国民宿舎を右手に数分歩くと、鞆を一望できる展望台がありました。途中に「大阪探勝わらぢ会 大正十四年五月十日建」という小さな石の碑がありましたが、これは何だろう??? 小さな港には朝鮮通信使の船を模した渡し船が繋留されていました。
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 そして船で鞆に戻り、すぐ近くにある福禅寺対潮楼へ。門のところに「大坂探勝青遊会 第三十一回旅行紀念」という石碑がありました。うーむ、さきほどの碑と考え合わせると、大正時代に有志の観光旅行団体が訪れた地に石碑を建てるという流行があったのでしょうか。だとしたら何故? 頭の片隅にインプットしておきましょう。
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 ここは朝鮮通信使をもてなすために建てられた迎賓館です。六代将軍の慶賀使として来日した李邦彦がここからの眺めは日本一だと誉めたたえ「日東第一形勝」の書を残したそうです。大きな広間からは、なるほど仙酔島と手前にある弁天島を一望できますが、間に民家が建ち並んでしまったためちょっと景観が損なわれているのが惜しい。なおこの広間には通信使が書き残した扁額がいくつか飾られていました。
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 外へ出て公道のど真ん中に悠然と座り込むカメラ目線の猫を撮影し、いろは丸事件談判跡、龍馬宿泊所跡をまわって、観光情報センターに到着。
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 バスに乗って福山駅へと向かいましょう。駅前にあるのが「センイビル」、繊維産業が隆盛をきわめた時代の名残でしょうか。駅構内にはひな人形の顔はめ看板がありました。
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 列車に乗り込み一時間ほどで岡山着。夕飯は駅ビルにあった「めりけんや」のきつねうどん。甘く煮付けた、麺が見えないほどの大きな油揚げがいいですね。西国にいるのだなと実感できます。すぐ前にある「吾妻寿司」で夜食用のままかり寿司も購入。駅前のホテルにチェックインをし、ひとっ風呂あびて、さっそくままかり寿司をつまみに一人で酒宴兼作戦会議を開きました。
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 当初の計画では、明日は安藤忠雄設計の地中美術館がある直島に行くつもりだったのですが、島への船便や、島内での移動などアクセスの点でちょっと不安を覚えます。閑谷学校はどうしても外したくないので、この際いさぎよく戦線を縮小しようかなあ。閑谷学校だけだと時間が余りそうなので、創建当時の天守閣と古い町並みが残る高梁(たかはし)と組み合わせてみましょう。うしっ、これでいこう。

 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2008-10-28 06:12 | 山陽 | Comments(0)