2008年 11月 30日 ( 1 )

屋久島編(17):鹿児島(08.3)

 せっかく好天に恵まれたのですから、次は城山展望台に行ってみましょう。バスだと手間取りそうなので、泣いて馬謖を斬る、タクシーを利用することにしました。幸いタクシー会社が異人館の近くにあったので車に乗り込み、十分ほどで城山展望台に到着です。駐車場で下りて少し歩くと、そこが桜島・錦江湾・鹿児島市街を一望できる展望台。いやあ絶景絶景。
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 なおここに置かれていた顔はめ看板は、軍服を着た西郷どんと「ピッカピカ」の一年生の少女という奇妙な取り合わせ。そして鹿児島中央駅まで向かってもらいますが、ついでなので近くにある西南戦争における最後の司令部・西郷隆盛洞窟に寄ってもらいました。1877(明治10)年9月24日、城山にたてこもる薩摩軍兵士は三百余、包囲する政府軍は四万、この洞窟を出た西郷の腰に流れ弾が当たり、別府晋介の介錯をあおいで四十九年の生涯を閉じることになります。柵に囲まれて二つの洞窟がありますが、タクシーの運転手さん曰く、左側のものは後年に掘られたものだそうです(理由は不明)。
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 駅に向かう途中にあった西郷隆盛像のところで車を停めてくれたので、下車して写真撮影。近くにあった公民館は戦前のものらしい、威風堂々とした物件です。
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 しばらく行くと、車窓から「フランシスコ・ザビエ聖師滞鹿記念」碑が見えました。駅前で降ろしてもらい、ここのバス・ターミナルから高速バスで鹿児島空港に向かいます。
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 途中で大きな西郷どんのディスプレイを発見。鹿児島県人の西郷びいきをひしひしと感じます。そして「姶良(あいら)」という地名表示、うーん、どこかで聞いた覚えがある。今、調べたところ、1943(昭和18)年に地質学者松本唯一が提唱した、九州中部から南部に連なる阿蘇型大カルデラ群の一つである姶良カルデラがあるところでした。
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 本日の二枚です。
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 追記。「日本の歴史 列島創世記」(松本武彦 小学館)に下記のような記述がありました。
 およそ2万9000年前、現在の鹿児島湾を火口とする大噴火が起こり、その噴出物は東日本にまで降り積もった。この大災害が、おりからの寒冷化や人びとの暮らしにどれほどの影響を与えたのかはわからない。だが、AT火山灰(姶良・丹沢火山灰)と呼ばれるこのときの噴出物の層は日本列島の広い範囲をカバーしているので、各地の遺跡の年代やその相互関係を知るための手がかりとして役立ち、後期旧石器時代を前半と後半に分ける指標としても使われている。

by sabasaba13 | 2008-11-30 08:31 | 九州 | Comments(0)