2009年 01月 27日 ( 1 )

「子どもが減って何が悪いか!」

 「子どもが減って何が悪いか!」(赤川学 ちくま新書511)読了。なんともはや挑発的なタイトルですね。少子化が、若年人口・労働力の減少に伴う経済成長の鈍化+現行の年金制度の破綻をもたらすのではないかと憂慮し、何とかして出生率を上げようと喧喧囂囂侃侃諤諤、議論が飛び交っている世論に対して、一石どころかエアーズ・ロックをぶちこんだようなものです。著者の赤川氏は近代日本のセクシュアリティーの歴史社会学やジェンダー論がご専門ですが、さまざまなデータを分析した結果、どう考えても男女共同参画でも子育て支援でも少子化を防げないと判断し、あえて大勢に異を唱える本書を執筆されたそうです。
 論点をいくつか紹介しましょう。まず、社会調査のデータを分析し、出生率の低下は、既婚夫婦によるものではなく、未婚者の増加によるものであると氏は考えます。その理由については、経済力が十分でない男性と結婚して生活水準が低下するくらいなら、実家で両親と暮らしたほうがまし、という選択に傾く女性が増えたと推測されています。よって男女共同参画でも子育て支援では出生率アップは期待できず、それは別の問題として考えるべきである。ではどうすればよいか。少子化のデメリットを認めた上で、低出生率を前提とした制度設計によって、社会全体でその負担を引き受けるべきである。その際に、「子どもを育てながらの夫婦共稼ぎ」といった画一的なライフスタイルのみを奨励したり援助したりするべきではない。氏の言です。
 子どもの数は減ってもかまわない。そのかわり、ライフスタイルが真の意味で確保される「選択の自由」と「負担の分配」に基づいた制度が設計されていれば、それでよいのだ。GDPで測られるような経済成長や豊かさが仮に減少したとしても、画一的なライフスタイルをほとんど強要され、不公平な制度を続けるよりは、少子化がもたらす負担を共有しながら、誰もが自ら望む生と性を謳歌できる社会のほうが、はるかにましだ。
 そのような社会になら、住んでみても悪くない。
 日々を生き残るだけで精魂をつかいはたす、よって結婚・出産どころではないプレカリアート(不安定労働者)の激増という背景も見過ごせないと思いますが、おおむね納得できる結論です。「それを言っちゃあおしまいだよ」という声も聞こえてきそうですが、みんなが聞きたくない現実について勇気をもって語るのが知識人の役目ですよね。でもさすがに「四面楚歌」の状況で、男女共同参画は少子化防止に効果がないと主張するのは大変なプレッシャーだったようです。しかし自分が正しいと判断したことはきちんと主張しよう、もし間違っていたら素直にあやまるだけだ、という気持ちをキャプテン・ハーロック(「男には、負けるとわかっていても戦わなければならない時がある」)と佐々木健介(「正直スマンカッタ」 ※2001年3月、IWGPタイトルマッチを約束しながら、直前の試合でスコット・ノートンにタイトルを奪われ、約束を果たせなかったことに対する藤田和之への謝罪)になぞらえているのは緩頬。私のプロレス人生は、ダイナマイト・キッドVSタイガーマスクの一戦で終わっているので、後者については知りませんでしたが。

 また、リサーチ・リテラシーが重要なのだとわかったのも収穫でした。氏曰く、国や報道機関が公表したことならすべて事実に違いないと信じる「素朴な人」の段階をこえて、公表されているデータに対して疑いの目を向ける、つまりツッコミを入れられる人になること、そして最終的には妥当な統計とそうでないものを区別できる「批判的な人」になることを目指すこと、です。
by sabasaba13 | 2009-01-27 06:08 | | Comments(0)