2009年 02月 04日 ( 1 )

「「生きづらさ」について」

 「「生きづらさ」について 貧困、アイデンティティ、ナショナリズム」(雨宮処凛・萱野稔人 光文社新書358)読了。生きづらいという実感をもっている人は相当数おり、しかも確実に増えつつあるような気がします。その実態について、「生きさせろ!」の著者にして今の若者が追い込まれている状況を歯に衣きせぬ伝法肌で語る雨宮処凛氏と、「国家とはなにか」の著者にして国家・権力について哲学的に考察する萱野稔人氏が対談したのが本書です。副題にもあるように、貧困に追い込まれ、アイデンティティを脅かされ、精神的に支えとするものが「日本人であること」でしかない、というのが中心となるテーマです。
 雨宮氏が自らの体験や多くの事例で労働者や若者が投げ出されている状況をリアルに語ると、それを受けて萱野氏が政治・経済・社会という文脈の中にそうした事態を適確に位置づけていく。なかなか息の合ったコラボレーションです。論点は多岐にわたりますが、いろいろと教示を受け考えさせられました。例えばナショナリズム。私は、貧困によるアイデンティティの崩壊→日本と自己を同一視して慰撫を求めざるをえない、と考えていたのですが、事態はそう単純ではありません。今、労働現場では多数の外国人労働者が低賃金で酷使され、日本の労働者は彼らと競わされています。つまり、底辺の国際競争ですね。そうした状況においては、日本の底辺労働者は、日本人であること以外に自分を肯定できるものがない。「自分は日本人で、社会のこちら側にいるんだ」という思いが、ナショナリズムへと彼らを引き寄せていく。
 また、小林多喜二の『蟹工船』が静かなブームとなっていることは、以前に拙ブログでも紹介しましたが、実は状況はもっと進んでいる。萱野氏の言です。
 昔はそういった労務供給は、おもに寄せ場で、ヤクザの支配する手配師によっておこなわれていました。しかしいまはネットで、合法的な派遣会社によっておこなわれている。あと、労働力が送り込まれる現場も違ってきていますよね。かつてなら炭鉱や港湾荷役、土木建築というのがそういった現場の典型でしたが、いまでは一部の例外を除いて、あらゆる業種・現場へと労働者は派遣されているからです。
 つまり現在の『蟹工船』の世界が、全体化しているのが現在の日本ではないかという指摘です。ま、日本が大きなタコ部屋になってしまったのですね。
 また、これだけ貧困層をつくりだしてしまうと消費がにぶり、経済全体に悪影響がおよぶのではないか、政財界はそのへんのところをどう考えているのか、つねづね疑問に思っていましたが、両氏によって蒙を啓かれました。誰にも頼れなくなった存在の、その寄る辺なさにつけ込んで、利潤を上げるビジネス(貧困ビジネス)の跋扈が、貧困層からどんどんお金を吸い上げてくれるから、全体として経済は維持される、という指摘です。具体的には、消費者金融、人材派遣会社、ギャンブル、ネットカフェ、フリーター向けドヤ・飯場、敷金・礼金・仲介料不要物件、保証人ビジネスといったものです。例えば、銀行は中小業者や自営業者に貸し渋り、かわりにサラ金や商工ローンに出資し、サラ金や商工ローンは銀行に見放された相手に高金利で貸す、といった動きです。たしかに地方に行くとシャッターが閉まった商店街をよく見かけますが、パチンコ屋とサラ金は元気一杯に営業している様子がうかがわれます。低賃金でこき使われ、借金まみれになって、ギャンブルに慰撫を求める、まさしくタコ部屋日本だ…

 惜しむらくは、これからの方向性や打開策にあまり触れられず、萱野氏による権力論・国家論からの鋭い分析が展開されません。次回の対談が実現するのであれば、ぜひ語ってほしいものです。
 ワールド・ワイドで労働者が競争をさせられ、貧困のどん底へとスパイラルに落ち込んでいき、企業が吸血虫の如く彼らの生き血をすする、What a wonderful world !
by sabasaba13 | 2009-02-04 06:10 | | Comments(0)