2009年 03月 09日 ( 1 )

言葉の花綵2

 年たけて 又こゆべしと 思ひきや 命なりけり さやの中山 (西行)

 人は城 人は石垣 人は堀 情は味方 仇は敵なり (武田信玄)

 風が吹く→ほこりがまう→目に入る→盲目の人がふえる→音曲で生計を立てる→三味線が必要となる→猫を殺し皮をとる→猫が減る→鼠が増える→桶をかじる→桶屋が儲かる (俚諺)

 笠智衆…うつりかわってしまった時代はすでに自分の時代ではないが、口にしても仕方のないことはいっさい語らず、それでいて自分の姿勢は凜としてくずさない。含羞と教養の混じり合った日本の老人を実にさわやかに演じている。 (安西水丸)

1.印刷物の上で見慣れている隠喩や直喩やその他の修辞を決して使うな。
2.短い語で十分なときは決して長い語を使うな。
3.一語削ることが可能な場合には常に削除せよ。
4.能動態を使える時は決して受動態を使うな。
5.相当する英語の日用語を思いつける場合には、外来の句や科学用語や専門語を決して使うな。
6.野卑むき出しの言葉づかいをするくらいなら、これらの規則のどれでも破れ。 (G.オ-ウェル)

 燕雀安知鴻鵠之志哉 (『史記』)

 人間はぬくもりと、交際と、余暇と、慰安と、安全を必要とするのである。と同時に、孤独と、想像的な仕事と、驚異を感じる感覚も必要なのだ。この事実を認識すれば、あるものが自分をさらに人間的にするか、非人間的にするかというただ一つのふるいにかけて、科学や産業主義の成果も、選びながら利用することもできるだろう。そうなれば、のんびり休息をとり、ポ-カ-と酒とセックスを一度にやるのが最高の幸福などではないこともわかるはずである。そして、賢明な人たちが進行しつつある生活の機械化に抱いている本能的な不安も、単なるセンチメンタルな回顧趣味ではなく充分根拠のあるものだということが、わかってくるだろう。というのも、人間が人間にとどまるためには、生活の中にシンプルなものを多分にとどめておく必要があるのに、現代の発明-特に映画、ラジオ、飛行機-といったものの多くは、意識を破壊し、好奇心を鈍らせ、だいたいにおいて人間をますます動物に近づける傾向を持っているからである。 (G.オ-ウェル)

 理科教師の知人は、白いのに透けない水着に、「科学を悪用するやつは許せない」と怒っていた。 (unknown)

 ショットとかパットとか調子の悪いときあるでしょ。私って本当に調子悪いよね、全てがアンラッキ-なんだよって言ったら、じゃあアンラッキ-と友達になればいいじゃない、という言葉がすごく頭にのこっていたのかな。 (岡本綾子)
by sabasaba13 | 2009-03-09 06:04 | 言葉の花綵 | Comments(0)