2009年 03月 10日 ( 1 )

「「社会調査」のウソ」

 「「社会調査」のウソ リサーチ・リテラシーのすすめ」(谷岡一郎 文春新書110)読了。学力=だまされない力、というのが私の持論ですが、その思いをさらに強固にしてくれる素晴らしい本に出合えました。固い定義では社会調査とは「社会における着目する社会事象に関するデータを、主として現地での観察や面接によって収集し、記述(分析)する過程、あるいはその方法」ということになるでしょうか。要するに、社会における真実をつきとめ、それを政策や施策に活かすための調査だと思います。ところが専門家の谷岡氏は、政府機関や新聞社の行う社会調査は、そのほとんどがゴミ、役に立たず場合によっては有害となるしろものと主張されます。そこで、そうしたゴミのような社会調査を見分ける方法(リサーチ・リテラシー/research literacy)を身につけよう、というのが本書の主眼です。そして数多の実例をあげながら、その調査にどのような問題点があるかを見事な手さばきで快刀乱麻、えぐりだしてくれます。著者のおかげで知ることができたその杜撰さには、呆然と立ち竦んでしまうこともしばしば。これまでは政府機関や新聞社の調査ときくと無条件・無抵抗に平伏してしまう怠惰な私でしたが、新しい自分に生まれ変われたような気がします。もう騙されないぞっ! なおゴミのような調査が生まれる理由を、氏は三種類に大別されています。①動機自体は悪くない「単なる認識不足」、②外部の不満の声に対する「弁明的なごまかし」、③将来の予算を獲得するための「政策的サポート」。これに著者が他のところで指摘されている④自分の立場を補強したり弁護したりするため、という理由を加えて四種類とするのが妥当かと思います。

 一例をあげましょう。「武装する少年たち/5人に2人がナイフ・エアガンなど所持!!/本誌独自調査男子中学生63人」(「週刊朝日」98.2.20日号) (p.182)という、二月四・五日に都内四ヵ所(渋谷・原宿・池袋・亀戸)での聞き取り調査をした結果に基づいた記事です。わずか63人という母集団の少なさ、おまけに普通の中学生なら学校にいる平日の真昼間に盛り場でたむろしている少年たちに聞き取りしたわけですから、はじめからバイアスがかかっているわけです。ナイフを持っていそうな雰囲気の少年を選んだ可能性もありますね。これはさきほどの④に該当するケースでしょう。
 もう一つ。「御堂筋駐車違反6割減/「車輪止め」にまいった」(「読売新聞」94.5.24)という、大阪府警が、改正道交法の施行で、使用を始めた車輪止め装置「クランプ」による駐車違反取り締まりの結果に関する記事です。御堂筋(4.1キロ)で、十日間に「クランプ」を約200台に取り付けたところ、五月九日の午後3-4時に475台であった駐車違反台数が、五月十九日には163台となり、65.6%も減少したという内容です。これについても様々な問題点を指摘されていますが、中でも、なぜ一定区間のみでまわりの小路での駐車違反を取り締まらなかったのか、という指摘には唸ってしまいました。そうですよね、取り締まりの強化を見て、御堂筋からすこし離れた小路に違法駐車するケースが多かったはずです。「賭けてもいいが、こんなことで違法駐車が減少するほど、大阪人の駐車マナーはヤワではない」という氏の断言にも爆笑。大阪府警には新道交法施行後に、無理にでも違法駐車の数を減らしたい気持ちがあった、一つは予算を配分してくれた議会への、もう一つはいつも違法駐車に文句を言う納税者へのポーズのためである、という深読みも説得力があります。これは②③④に該当するケースですね。

 ゴミのような社会調査を見分ける方法を多々教示していただき、目から鱗と油膜と手垢が落ち、コンタクトレンズを入れたような気持ちになりました。これからはこの手の調査を見たら、母集団や、分析方法が妥当なものかどうかきちんと見極めるよう心がけたいと思います。そしてこの心構えは、必要な情報を残し不必要な情報を捨てる能力の育成にも有効だと、氏は述べられています。以下、引用します。
 情報機器やシステムの進んだ現代では、他人より、より多くの情報を集めることを競っても意味がない。情報など集めようと思えばいくらでも集められるからである。むしろ今後、必要となるのは、あふれるデータの中から真に必要なものをかぎ分ける能力、いわゆる「セレンディピティ(serendipity)」と呼ばれる能力であろう。このセレンディピティを訓練するにあたっては、まずゴミを仕分けることが効果的である。(p.193)
 そしてゴミのような社会調査をもとにわれわれの暮らしを脅かす施策を行う政権与党や官僚に騙されないためにも、ぜひみんなで身につけたい能力ですね。「反貧困」(湯浅誠 岩波新書1124)を読んではじめて知った事例を紹介します。2007.2.13、当時の安倍晋三首相が国会答弁で「絶対的貧困率は先進国の中で最も低い水準にある」と答えましたが、その根拠は内閣府が作成した『平成18年次経済財政報告』です。ところがその報告の根拠は、アメリカの民間団体が行った、任意に抽出された700人を対象にした電話による聞き取り調査です。母集団の少なさ、700人を抽出した方法が不明、また電話がある家庭を対象にしたというバイアス、問題点が多い調査だと思います。論拠となったこの調査を精査しきちんと批判をすれば、「貧困対策は行わない」と大見得を撤回させることもできたのではないでしょうか。政治家および官僚諸氏は"社会的現実に基づいて国民生活を向上させる"というポーズを外見上はとらざるをえないでしょうから、その現実を捏造するためにこれからもゴミのような社会調査を多用することと思います。research literacyをみんなで身につけて騙されないようにしたいものです。

 追記。学問の質的向上のためには、他人が行った検証を追試すべきであり、そのためデータの公開は義務であると著者は述べられています。しかしデータ公開を拒否している学者が日本には非常に多いそうです。その理由は、「プランヴァシーを守る義務」「統計法のせい」「個人の資金で集めた」「めんどくさい」など様々だが、陰の、そしてそれが本音であるところの理由は、「恥ずかしくて見せられない」。その他、日本における学界や大学の問題点を鋭く批判する部分も読みどころです。
by sabasaba13 | 2009-03-10 06:06 | | Comments(0)