2009年 04月 21日 ( 1 )

「暗い夜の記録」

 「暗い夜の記録」(許広平 安藤彦太郎訳 岩波新書215)読了。先日、拙ブログで紹介した「伝説の日中文化サロン 上海・内山書店」(太田尚樹 平凡社新書436)に教示されて本書の存在を知りました。魯迅の未亡人・許広平が反政府運動に関係する文化人に関する情報を求められて日本の上海憲兵隊本部に拘留され、凄まじい拷問に耐え秘密を守りぬいた七十数日間を自ら綴った稀有なドキュメントです。ただ(紹介した手前岩波書店にかわってお詫びしますが)絶版です。古本屋や古本サイトでわりと容易に見つかりそうな気がしますので、よろしければ入手してご一読ください。
 日本人の自由や言論を封殺するうえで、憲兵隊や特別高等警察がいかに猛威をふるったか、だいたいは想像できます。しかし侵略をされたアジアの人びとに対して彼らが何をしたのかについては、あまり語られてこなかったと思います。そういう意味で、「上海人がその名を聞けばふるえあがる人間屠殺場日本憲兵隊司令部(p.15)」における体験と生活をリアルに綴った本書は、たいへん貴重な歴史的記録ですね。それを、時にはユーモアを交えながらも、びしびしと歯切れの良い文章で語りきった著者の筆力にも感嘆しました。詳細についてはぜひ本書をよんでいただくとして、痛烈に印象に残った一文を紹介します。日本人看守が臨月の中国人女性を無理に日課の運動をさせようとしたので、著者たちは何とかしてやめさせようと懇願します。しかし…
 「そりゃほんとうかい?」 ほんとうにきまっているではないか。ウソでこんなにお腹が大きくなることがあるか。かれらだってめくらではない以上、わからないはずはあるまい。要するに、人の生命をおもちゃにしているのである。(p.125)
 そういえば「神聖喜劇」(大西巨人・のぞゑのぶひさ・岩田和博 幻冬社)にも同じような言葉があったと記憶しています。たしか陸軍内務班において、兵士を凌辱的にいじめる上官に対して主人公・東堂太郎と友人が同時に「人の命をおもちゃにするのはやめてください」と叫ぶ場面でした。実はこれ以外にも、憲兵や看守たちが収容者たちの人間としての尊厳や矜持を、面白がって踏みにじるシーンがところどころで語られています。もちろん、こうした暴力装置はどこの国にもあり、同様の虐待を繰り返してきたでしょう。しかし外部・内部を問わず弱者の命をおもちゃにすることに快感を覚えるというのは、日本の組織の大きな特質なような気がしますし、今現在でも「いじめ」「セクハラ」「パワハラ」とその姿を変えて生き続けていると思います。そういえばリ-・クアン・ユ-氏が同趣旨のことを言っていたなとふと思い出し、古いフォルダをごそごそ探していたら、ありました。彼も日本社会と日本人の特質を「これは違う文化だ、組織的な残虐性(systematic brutality)を信奉する人々だと確信した」と語っていました(朝日新聞94.12.31)。もしそうだとするなら、何故なのか、いつからなのか、どうしたら変えられるのか、うむむむむ、とてつもない難問ですが逃げ回るわけにはいかないでしょう。

 こうした凄絶な環境と拷問、「欺(だまし)・嚇(おどし)・哄(すかし)・誘(さそい)」を巧みに使い分ける尋問、そして精神的圧迫により、彼女は幾度ともなく気持ちが折れかかり友人の名を供述しそうなりますが、結局耐え切ることになります。その彼女を支えたのが難友(艱難辛苦の中で知り合った友)と、亡夫にして師である魯迅の言葉でした。例えば拷問による死線をくぐりぬけてきた運動家の若い男性は、彼女にこうアドバイスします。「いちばん大事なのは口供のつじつまが何時もあっていることです。どうしても我慢できなければ、うんと泣きわめきなさい。苦痛を大げさに言ったってかまいません。(p.34)」 特に前者は、暴力を伴わない拷問の如き尋問で冤罪を生み出し続けている警察・検察が跋扈している現在の日本において、私たちが身につけなければならない叡智ですね。彼女は寝る前に、家宅捜索で発見された本の入手経路を、知人の名を出さずに辻褄をあわせて供述するための綿密な"嘘"を脳中で練り上げ、翌日の尋問にのぞみます。その気力を支えたのが「圧迫者から圧迫される者の不道徳の一と指定して居る虚偽は、同類に対しては悪であるが、圧迫者に対しては徳である(p.85)」「墨で書かれた虚言は、血で書かれた事実を決して掩いきることはできない。血の責務は必ず同一物で償還しなければならぬ。支払いがおそければおそいほど、利息は増やさなくてはならぬ(p.176)」といった魯迅の言葉です。そして見事に、撥ねかえす力・抵抗力を身につけていきます。
 「どうだ、白状しないのか」 それには答えなかった。すると、ピシピシと音をたてて、皮の鞭が、手にも肩にも足にも、ところきらわずふりそそいだ。わたしは、ただ一途に、くやしいとおもった。もうこうなったら、なにも妥協することはない。死んだって負けるものか。鞭うたれるたびに決意がかたまっていった。このとき、わたしははじめて、はっきりと悟ったのであった。あの十何回も失神して生きかえった難友が耐えしのぶことのできた原因は、どこにあるのか、ということを。これは、弾力的に撥ねかえす力にあるのだ。圧力がかかればかかるほど、抵抗力を大きくするのだ。心をしずめ、ひややかに応待して、最初の何回かの拳による攻撃を、ぐっとささえておれば、あとは楽になるのである。秘伝とは、つまりこれだ。(p.51)
 そしてもう一つ彼女をささえたのが、良い意味での"復讐心"、魯迅言うところの「血の債務を償還させる」という強固な意志だと思います。彼女はこう綴っています。「眼鏡(※尋問した憲兵)は…ていねいに、「佐々木徳正」と、自分の署名をした。わたしはこのとき心のなかで考えた。よし、この名前をおぼえていよう。いつの日にか、わたしたちはこの名前を突きつけるときがくるだろう。(p.16)」 しかしその償還は十全にはなされなかったようです。苛烈な拷問を行った憲兵たちの罪を日本側が問うことはなく、また共産党との内戦にのめりこんだ蒋介石・国民党は日本との関係強化のためにその罪を帳消しにしたケースが多かったのではないのでしょうか。その経過に関する史料収集や検証・研究をきちんと行う必要がありますね。

 なお最後の解説では痛烈な違和感を覚えました。魯迅を論難する知識人たちを否定し、彼の思想を正統的なものとして公認した毛沢東を、彼女が手放しで礼賛している部分です。いかなるものであろうと権力や権威にすりよる奴隷根性を真っ向から否定した魯迅の核とも言うべき思想を、彼女が受けつがなかったのかと思うと少し残念。もし魯迅が存命して文化大革命に遭遇していたら、鉄をも穿つような痛烈な批判をしていたことと思います。
by sabasaba13 | 2009-04-21 06:05 | | Comments(0)