2009年 06月 28日 ( 1 )

「手に職。」

 「手に職。」(森まゆみ ちくまプリマー新書091)読了。谷根千(谷中・根岸・千駄木)を中心に五感を駆使して古き江戸・東京の息吹を探訪する散歩の達人・森まゆみ氏が、いろいろな職人のみなさんから苦労話・人生談を聞き出すというのですから面白くないわけがありません。通勤本として即購入、あっという間に読み終えました。登場する職人は鮨・大工・三味線・江戸和竿・手植ブラシ・指物・足袋・提灯・つまみかんざし・江戸刺繍・切子ガラス・おろし金・江戸やすり・鋏・貴金属眼鏡枠・桐箪笥・べっ甲・佃煮・そば・鳶。みなさんにほぼ共通しているのは、金儲けのためにモノをつくっているのではないということです。客の注文や好みに合わせてああでもないこうでもないと工夫し、自らの経験を生かしながらモノをつくりだし、それを受け取った客の満足気な顔を見る。その一連のプロセスが喜びなのですね。利潤のためにそれほど必要でもないモノを大量生産し大量消費させるという資本主義システム成立以前の、社会に埋め込まれた経済という真っ当なあり様を見せつけられた思いです。
 しかし、森氏も「おわりに」で言われているように(p.187)、モノをつくる人より、モノを売る人の方がもうかるしくみになっているのが現状です。流通業者ばかりがいばって、もっと安く仕入れようと生産者を買い叩く。このままでは、環境を破壊しながら大量に生産されるろくでもないものが巷に満ち溢れ、そして腕のいい職人さんたちが消え去ってしまうのは時間の問題です。本当に必要ないいものを、正当な代価を支払って手に入れ大事に使う、という精神論しか提案できない己の無力さには悲しくなってしまいます。でもそこから始めるしかないんだろうなあ。ただそうした動きが広まれば、経済格差や環境問題を解決する一助には確実になあるとは思います。ある職人さんが、父親から「のばさなくていいから、つぶさないでくれ。(p.88)」と言われたそうです。この言葉は格差を押し広げ環境を破壊しながらジャガノートのように経済発展という隘路を突き進む日本経済、そして世界経済に対するオルタナティヴ(もう一つの選択肢)であると思います。

 職人さんたちから面白い話を聞きだしてくれた森氏の手腕に感謝するとともに、歯切れのよい江戸言葉を堪能できるのも本書の魅力です。ぶき(不器用)とか、長っ尻(ながっちり)なんて、なかなか味わい言葉ですね。
by sabasaba13 | 2009-06-28 06:46 | | Comments(0)