2009年 08月 25日 ( 1 )

「沈黙の春」

 「沈黙の春」(レイチェル・カーソン 青樹簗一訳 新潮文庫)読了。歴史を変えることができた数少ない本の一冊、これまで読もう読もうと思いながらもどういうわけか手にしませんでした。本屋で背表紙を見て一念発起、思い立ったが吉日、さっそく購入して読み終えました。レイチェル・カーソン(1907‐1964)。ペンシルバニア州スプリングデールの農場主の娘として生まれます。ペンシルバニア女子大学で動物学を専攻後、ウッズホール海洋生物研究所などで研究を続けます。1936年商務省漁業水産局に就職し、政府刊行物の編集に従事。40年に内務省魚類・野生生物局に移り、52年に退職するまで、野生生物とその保護に関する情報収集にあたりました。51年の『われらをめぐる海』で、生物ジャーナリストとしての地位を確立。62年に発表された『沈黙の春』は、自然破壊に警告を発した先駆書として、その後の全世界に大きな影響を与えます。その執筆中に癌宣告を受け、癌と戦いながら執筆活動を続けましたが、1964年4月14日に永眠。

 書名は、冒頭にある下記の一文によっています。
 自然は沈黙した。うす気味悪い。鳥たちはどこへ行ってしまったのか。みんな不思議に思い、不吉な予感におびえた。裏庭の餌箱は、からっぽだった。ああ鳥がいた、と思っても死にかけていた。ぶるぶるからだをふるわせ、飛ぶこともできなかった。春がきたが、沈黙の春だった。いつもだったら、コマツグミ、ネコマネドリ、ハト、カケス、ミソサザイの鳴き声で春の夜は明ける。そのほかいろんな鳥の鳴き声がひびきわたる。だが、いまはもの音一つしない。野原、森、沼地―みな黙りこくっている。(p.12)
 農薬や殺虫剤などの化学物質によって、生物が死に絶えた世界の卓抜な比喩ですね。その直接的な危険性に対する警告だけではなく、化学工業と官僚・大学との癒着、さらには放射能とともに遺伝子に対する悪影響にまで批判は及んでいます。研究の進歩によってその学説の過誤が明らかになったと、彼女を批判する向きもあるようですが、その主張の根本は今でも受けつぐべきものだと思います。生命と自然はわれわれ人間の想像を超える奇跡であり、それに対する敬意と謙虚な心を失ってはいけないということ、そして生命や自然を弄び暴走する科学への異議。彼女の言です。これは化学物質にとどまらず、現今の科学全般に対する痛烈無比な警告でもありますね。
 およそ学問とも呼べないような単純な科学の手中に最新の武器があるとは、何とそらおそろしい災難であろうか。(p.382)
 また本書中でたびたび登場する科学者のC・J・ブリーイエ氏は、人類を「瀬戸物屋に闖入した象」と譬えておられます。人類の傲慢さを省みる視点を忘れずにいるために重要な意義をいまだ失っていない古典です。お薦め。

 なお巻末に掲載された筑波常治氏の解説が秀逸です。自然環境を平然と破壊する人類の傲慢さは、すでに牧畜・農耕の開始、つまり自然界のなかの存在を人類に取って有益/無益と区別したときから始まったのだという恐るべき主張です。この惑星がこれからも存続できるのかどうかを本気で懸念するのであれば、ここまでつきつめて考えなければならないのかもしれません。
 (牧畜・農耕とは)人間の利用目的にかなう家畜・作物によって、それらの土地を独占させることでもある。ほんらいならばそこの土地には、家畜・作物いがいの各種生物が、当然のこととして棲息していた。人間はそれらの生物群にたいし、害獣・害鳥・害虫あるいは雑草といった汚名を一方的にかぶせ、強引に排除する手段にでた。こうして自然界のバランスがくずれた。いわゆる公害の起源は、工業とともにおきたのではなく、遠く牧畜ないし農耕のはじまりにさかのぼるのである。
 家畜や作物は、いずれも野生生物から進化した。人間の利用目的にかなうように"改良"されたものである。この改良という言葉自体、はなはだ人間本位の用法である。人間の利用する部分、ブタならば肉、イネならば種子、キャベツならば葉、ダイコンならば根、といった各器官を、人間の利用に有利なように改造することをさしているわけだが、自然界の生物としてみたらどういうことになるか。それは身体の一部の器官だけが、他の器官とくらべて不釣合に肥大化させられることを意味している。つまり生物としては畸型になり、生活能力において虚弱化する。これが家畜および生物を改良するということのもうひとつの側面である。イネがゆたかにみのった状態を、「黄金の穂がたわわに―」といった表現であらわすが、それを天然の植物としてみれば、あまりにも穂の部分だけが巨大化しすぎてしまい、まっすぐにたっていることができなくなった不健康な状態である。(p.388)

by sabasaba13 | 2009-08-25 07:07 | | Comments(0)