2009年 12月 30日 ( 1 )

日フィルの第九

c0051620_8294628.jpg 先日、労働組合を経由して日本フィルハーモニー交響楽団のビラをもらいました。なんでも、経営不振のおり、年末の第九演奏会のチケットを割引するので買って欲しいというものでした。日フィルといえば、フジテレビ・文化放送との争議、そして新日フィルとの分裂事件を思い出します。私も詳細についてはよく知らなかったので、ウィキペディアから事件の経過について引用します。
 日本フィルは1956年に文化放送が設立した後、財団法人となり、フジテレビと文化放送の放送料によって運営されてきたが、1972年6月に両社はオーケストラの解散と楽団員全員の解雇を通告、放送料を打ち切り、財団も解散した。表向きの解散理由として、オーケストラの運営に多額の資金が必要なことが示されたが、その背景には1971年5月、日本フィルハーモニー交響楽団労働組合が結成され、同年12月には同労組が日本の音楽史上で初の全面ストライキをたたかったことがあった。
 楽団員のおよそ3分の2はオーケストラと労働組合にとどまり、自主的な演奏活動によって運営資金の確保を図りつつ、解雇を不当として東京地方裁判所へ提訴、解決を求めた。その一方で、当時の首席指揮者であった小澤征爾を中心とする元団員によって新日本フィルハーモニー交響楽団が設立されている。
 初代常任指揮者の渡邉暁雄は1969年にスイスに移住する際に日本フィルを離れたが、争議中の1978年に復帰、以後もオーケストラの精神的支柱として活動した。演奏活動が全国的に展開され、音楽家や音楽愛好家・聴衆の広範な支援を受けて争議が繰り広げられた結果、1984年3月16日、「フジテレビ・文化放送両社は労組側に2億3000万円の解決金を支払う」、「日本フィル労組はフジテレビ構内の書記局を明け渡す」などの和解が成立、争議は12年ぶりに解決した。渡邉暁雄は争議解決の1984年4月、日本フィルから「創立指揮者」の称号を贈られた。
 というわけで、義を見てせざるは勇なきなり、起て万国の労働者、一労働者として一音楽愛好者として一変人として協力しましょう。小林研一郎氏の指揮で聴きたいのですが、日程の都合がつきません。よって12月22日(翌日は休める)、池袋の東京芸術劇場(帰りに鼎泰豊で小籠包が食べられる)、広上淳一氏の指揮(知らないけれど、ま、いいや)といういい加減な選択で申し込みました。今となっては汗顔ものですが、演奏については全く期待せず、曲が凄いから演奏の不出来もカバーされるだろうと傲慢な思いでした。関係者各位に深くお詫びいたします。たまたま偶然その頃に「ベートーヴェンの生涯」(青木やよひ 平凡社新書502)という新刊書を購入、これまでの一般に流布されているベートーヴェン像を書き換えようという意欲的な好著に出会えたのも、何かの縁でしょう。何と、「第九」に関する章を読み終えたのが、当日、ホールに向かう列車の中というおまけつきです。

 山ノ神はすでに到着、二階正面というなかなか良い席に座り、さあ開演です。まずはハイドンのトランペット協奏曲、ソリストはオッタビアーノ・クリストーフォリ。典雅で華やかな演奏に、おっやるじゃないかと一安心。そして十五分の休憩をはさんで、いよいよベートーヴェン作曲、交響曲第9番ニ短調作品125《合唱》のはじまりです。まずは合唱団のみなさんがしずしずと入場、お立ち台に座って第4楽章まで舞台上で待機するようです。そして広上淳一氏が登場、タクトをふりおろしました。かなり早めのテンポ設定、きびきびと溌剌と曲は進みます。思わせぶりな暗い情念なぞベートーヴェンには無縁じゃ、といわんばかりの理知的な演奏、いいですね。広上氏の指揮も、フレーズの強調やつながりを大きな大きな動きで示すわかりやすいもの。指揮台狭しと暴れまわる(?)姿は、華はありませんが味がありますね。強烈な唸り声も、音楽の一部となっていました。「のだめカンタービレ」第10巻に登場する片平元のモデルではないかと想像してしまいました。オーケストラも、指揮者と作曲者の意図に献身的に尽すような熱演。後ほど山ノ神は「時々音がびんぼくさい(筆者注:音が薄い)」ときつい一言をもらしましたが、いやいや私はそれほど気になりませんでした。第2楽章が終るとソリスト四人が登場、どうやら第3楽章から第4楽章へと一気になだれこむ演出のようですね。そして天国的な第3楽章、ここでも夢見るような雰囲気に流されず、音楽をフレーズの積み重ね・つながりとしてきちっと鳴り響かせようとする指揮者の強い意思を感じました。いいですねいいですね。そして第4楽章、おやっその前にすこしインターバルが入りました、これは意外。間をとって気もちを切り替え、最終楽章に全力を尽くすための、演出よりも音楽を優先する措置だと思います。そして不協和音とティンパニの咆哮、低弦のレチタティーヴォ、歓喜の歌、やがて独唱と合唱が加わり歓喜の爆発へと、快調なテンポで突き進んでいきます。東京音楽大学の合唱団が素晴らしいですね、特筆ものです。その迫力のある、ボイルしたてのフランクフルトのようにみっちり実がつまった分厚い合唱が"風呂出で詩へ寝る月輝る粉健"と歌いはじめると、思わず胸が熱くなり涙腺がゆるんでしまいました。音楽を聴いて泣くなんて、何年ぶりだろう。やがて二重フーガから怒涛のPrestissimoへ。
 そして嵐のような拍手。湘北高校バスケ部のように技術・気力・体力すべてを舞台に投げ出したのでしょう、アンコールもなく数回のカーテンコールの後、みなさん静かに袖へと去っていきました。指揮者が下がった後、楽団員が客席に向かってした一礼が心に残りました。

 終演後、東武デパートの鼎泰豊で、演奏や学生時代の思い出など話の華を咲かせながら、美味しい小籠包をいただきました。素晴らしい第九と極上の小籠包、歓喜に包まれた夜を過ごせたことを"Gottheit(神なるもの)"に感謝します。
by sabasaba13 | 2009-12-30 08:28 | 音楽 | Comments(0)