2010年 05月 14日 ( 1 )

会津・喜多方編(9):郡山(09.8)

 さてそれでは貸し自転車を探しますか。駅前のさくら通りを西の方へ歩いていきましたが、町並みは単調・平板という印象、リトル・トーキョーという感じですね。無個性な商業ビルが建ち並び、地霊がはなつその地独特の香気や臭気が感じられません。安積黎明高校には「祝 全日本合唱コンクール全国大会 金賞(29年連続30回)」だの「祝 声楽アンサンブルコンテスト全国大会 高等学校部門金賞」といった横断幕がところ狭しと掲げられていました。さすが楽都、といいたいところですが、音楽を点数化して優劣をつけるという行為には生理的に抵抗を覚えます。
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 それにしても貸し自転車屋がなかなか見つからないなあ… 結局、開成山公園まで歩いてしまいましたが、ありませんでした。もしかしたら途中にあった自転車屋さんで貸してくれるのでは、しかし後の祭りです。ここまで来てしまった以上、歩いていくことにしましょう。開成山公園は、明治期に灌漑用の池として造成された五十鈴湖を中心とする広い公園で、桜の名所でもあるそうです。中をつっきって、池の橋を渡ると、安積疎水を記念する「開拓者の群像」という大きなモニュメントがありました。国道49号線を渡り開成山大神宮のところには、「大槻原 旧二本松藩士族 入植者の碑」が木陰にひっそりと佇んでいます。あらためて安積疎水による開拓と郡山の深い深い関係に感じ入ります。
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 すこし南下して右折すると開成館がありました。1874(明治7)年に区会所(郡役所の前身)として建築され、安積開拓の核である「福島県開拓掛」の事務所が置かれた擬洋風建築です。玄関の大仰な唐破風とベランダがなんともアンバランスでユニークな建物でした。他に、安積開拓官舎や安積開拓入植者住宅も移築保存されていますが、休館日のため、柵の外から外観を遠く眺めることしかできません。
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 その先で“「こんにちは」いつものあいさつ身を守る”という標語を発見。うーん、マンダムじゃない、難解だ。これは憶測ですが、このあたりは共同体規制がいまだ厳しく、あいさつをしないと「そんなわらすは安積っ子でねえ!」と近所のおじさんに殴られる、なんてことはないよね。近くには崩壊寸前の映画広告板が哀愁をただよわせながら佇んでいました。
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 そして地図を頼りに文化通りに出て、安積高校の敷地内に保存されている旧福島尋常中学校本館(国重文)に到着です。竣工は1889(明治22)年、ってことは大日本帝国憲法発布の年か。白く塗られた下見板張で、玄関のポーチとベランダは洒落た装飾のある洋風、屋根は瓦葺き、典型的な擬洋風建築ですね。当時は「桑野御殿」と呼ばれたそうです。ただ木立のため両翼を見通せないのが残念。現在は安積歴史博物館として利用されていますが、休館日のため中には入れませんでした。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2010-05-14 06:27 | 東北 | Comments(0)