2010年 05月 18日 ( 1 )

「ぼくんち」

 「ぼくんち(上・中・下)」(西原理恵子 角川文庫)読了。先日紹介した西原氏の「この世でいちばん大事な「カネ」の話」(よりみちパン!セ40 理論社)にこんな一文がありました。
 わたしも『ぼくんち』という漫画で、貧しさの中で生きるために、ありったけの知恵をふり絞って生きる子どもの姿を描いた。
 それは、日本が経済成長に沸いていたころに、地方の小さな町で起こっていたありのままの現実だった。いや、現実のほうが、もっとずっと酷かった。そのまんま漫画に描いたらお客さんが引いちゃうだろうってくらいの貧しさだった。(p.179)
 さっそく購入、一気呵成に読んでしまいました。山と海しかない静かで貧しい港町、主人公の二太は兄の一太と暮らしています。母は買い物に出たきり三年も戻ってこず、父はいません。ある日、離れて暮らしていたピンクサロン嬢の姉・かの子を連れて母は帰ってきますが、すぐに姿を消し、姉弟三人の暮らしがはじまります。そして彼らをとりまく、面白うてやがて哀しき人々。 体をあっためるために醤油を飲みながら、金物を拾い、河原の掘っ立て小屋で暮らす鉄じい。南の国から売られてきた女の子を見張る仕事をしていたが、「ぼくはもうすこしぼくにやさしくて、ぼくを好きでいたい」と逃げ出したこういちくん。ねこのようにたくさん子供を産んで、ねこのようにあっちこっちに捨てまくった、神社のうらに住んでいるねこばあ。犯行現場にかならず大便をひりたくってくるどろくそ。生まれた時から人にだまされて、だまされて、だまされて、だまされて、日本中をヤシの実のように流れただよって最後にたどりついた赤線宿で精一杯働くソープランド嬢たち。魚市場でタダの箱をもらい、競艇場で踏み台や椅子がわりに一回十円で貸して暮らしている、魚くさいとろちゃん。みんな、赤貧の中でしたたかにしぶとく泣き笑いしながら生き抜いている人たちです。人であることにかろうじて踏みとどまっている人もいれば、一線を越えてしまった人もいます。ただ間違いないのは、この小さな町で幸せに暮らしたいというささやかな願いのために、みんな、ありったけの知恵をふりしぼって歯をくいしばって生きているということ。その様子を、時には爆笑とともに時にはしんみりとしたペーソスとともに、シンプルで大らかで融通無碍な筆致で描きつくした西原氏の筆力には脱帽です。そして紙背からわきおこる貧困への怒り。何故、こんなに一所懸命に働いているのに幸せになれないのか? 暖かい読後感とともに、重い塊が胃の腑に残る素晴らしい漫画です。抱腹絶倒の登場人物たちが語ってくれた珠玉の言葉をどうぞ。
 なくすもんがありすぎると人もやっておれん。両手で持てるもんだけで、よしとしとかんとな。

 それからぼく大きくなったらせいじかになる。そんでわるいことたくさんしてお金もうけてじいにあったかい部屋にすまわせたる。

 あきないは短く持ってコツコツあてる。

 好きはねえ、毎日ゆうとかんとかんじんな時に出てこんなるから。

 ゼニで買えるシアワセは足が早いで。

 おまえがどこで何をしてきたかは知らないけれど、もうしないなら… 世界中の人がダメだといってもねえちゃんが許してあげる。

 ねえちゃんと魚を食いながら、おれは毎日少しの魚と本を読む布団一枚分くらいの場があれば、生きていけるんじゃないかと思った。

 おれはどうすればいい? ねえちゃんの夢のために、おれはこの町で悪い事をたくさんした。そしてこの町をもっと悪くした。ねえちゃんは悪い町に殺された。
おれが殺した、おれが殺した。おれがねえちゃんを殺した。

 そのうちええ天気で空が高うて、風がよく通る、死ぬのにちょうどええ日がくる。それまでしんどい。

 なんで家族で一緒にめしを食わん。

 何でせんでもええ苦労をするの。今がいややったら逃げたらええやんか。

 二太へ― 嘘をつかない人間になってください。

 ようわからんのよ。この町にすんでるみんなはしあわせになりたいだけやのに、何かあかんのやろう。

by sabasaba13 | 2010-05-18 06:23 | | Comments(0)