2010年 08月 27日 ( 1 )

五島・対馬・壱岐編(29):豊砲台跡(09.9)

 そして四十分ほど走ると、琴の大イチョウに到着です。うむむむむ、これは凄い。周囲を睥睨し圧倒するような巨樹です。解説によると、胴回りは12.5m、これは岩手県長泉寺の大イチョウの14mについて日本第二位だそうです。「路傍という悪い条件の中にあり、尚、落雷にあい、しかも樹勢が盛んであるのは、驚異である」、はい、同感です。
c0051620_6282444.jpg

 ここから数分ほどで対馬では珍しい砂浜がある茂木浜に到着。こちらには「ロシア将兵上陸地」の碑とナヒモフの大砲がありました。日露戦争における対馬沖会戦(1905)で沈没したバルチック艦隊の装甲巡洋艦アドミラル・ナヒモフ号の乗組員約100名がこの浜に救命艇で上陸したのですね。この軍艦には大量の金塊が積み込まれていたという噂があり、戦前から幾度か引き揚げが試みられたそうです。1980(昭和55)年には、日本船舶振興会の笹川良一会長が挑戦しましたが、結局金塊は見つからず、その時に引き揚げられたのがこの大砲だそうです。なおこの件についてインターネットで調べていたところ、神戸新聞WEBニュースで面白い記事を見つけました。1933(昭和8)年に、ナヒモフ号に眠る金塊を引き揚げるための深海探査船の建造依頼が、三菱重工業神戸造船所にきたそうです。1930年のロンドン軍縮会議によって、潜水艦の製造中止を余儀なくされていた神戸造船所はこれに応じ、潜水艦の技術をもとに世界初の深海探査船「開洋」の開発に成功し、最大深度183mを記録したとのことです。なお運転手さんの話によると、離島振興法による補助金によって、砂浜のすぐ近くにコンクリート製の遊歩道と階段が整備されましたが、そのために海亀が来なくなってしまったそうです。
c0051620_6285848.jpg

 そしてあいかわらず集落も見あたらず眺望もよくない山道を延々と走り続けます。途中、道路の脇に円筒形の物体がありましたが、運転手さんのご教示で「蜂洞(はちどう)」、天然のハチミツを採取するためのものだとわかりました。
c0051620_6292748.jpg

 四十分ほどで網代の漣痕(れんこん)に到着。浅い海底にさざなみのたった状態がそのまま化石として残ったもので、岩盤の一面がぎざぎざと波打つ異形の光景でした。
c0051620_6295882.jpg

 ここから数分で、殿崎にある「日露友好の丘」に到着。巨大レリーフには、対馬沖重傷を負い佐世保海軍病院に入院中のバルチック艦隊司令長官ロジェスト・ウェンスキー提督を、連合艦隊司令長官・東郷平八郎が見舞っている場面が描かれていました。そして運転手さんお薦めの絶景ポイントで車を停めてもらい、写真撮影。
c0051620_6302783.jpg

 ここから十数分で豊砲台跡に到着です。対馬海峡を封鎖するために戦艦の砲塔を設置したもので、完成は1934(昭和9)年。なお当該の戦艦については、航空母艦に改造された「赤城」、「土佐」、「長門」など諸説あるようです。コンクリートで固められた入口の近くのボックスにコインを入れると、内部の照明がつくようになっています。弾薬庫らしき部屋をすこしあるくと、円筒形に形作られた砲台跡にたどりつきます。もちろんというか、残念というか、砲塔自体は影も形もありません。できれば上から覗き込みたかったのですが、それが可能か確認する以前にすでに午後5時47分、先を急ぎましょう。
c0051620_6305791.jpg


 本日の四枚です。
c0051620_631264.jpg

c0051620_6315150.jpg

c0051620_6321767.jpg

c0051620_6324419.jpg

by sabasaba13 | 2010-08-27 06:33 | 九州 | Comments(0)