2010年 08月 30日 ( 1 )

五島・対馬・壱岐編(32):少弐公園(09.9)

 しばらく歩くと瀬戸浦という町に着き、もうすこし歩くと少弐公園に到着です。こちらにあるのがまるで海鼠のような「元寇の碇石」、元船の碇ではないかと言われてきましたが、研究の結果、日本の大型外洋船で用いられたもののようです。こうした碇石が壱岐には合計五本残っています。その隣にあるのが直方体に石を組んだ煙台(のろし)、白村江の敗北(663)以後、国防の第一線となった対馬・壱岐・筑紫に設置されたものです。これは江戸時代に復元されたもので、当時も使用されていたとのこと。近くには「弘安の役古戦場」という石碑がありました。海上はもちろんのこと、陸上でも激しい戦闘がくりひろげられたそうです。そういえば、壱岐では子どもを叱るときに「むくりこくりが来るぞ」と言うそうな。むくり=蒙古、こくり=高句麗、つまり元寇の禍々しい記憶が語り継がれてきたということなのでしょう。展望台もあり、玄界灘を一望できる素晴らしい眺望でした。
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 近くにある壱岐神社の祭神は少弐資時、「元寇の島壱岐」という幟がはたはたと海風にはためいていました。こちらには壱岐護国神社と忠霊塔もあり、日清戦争以降の島民の戦没者の名が石碑に刻まれていました。げに恐ろしきは苛政なり…
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 まだ時間があるので、瀬戸浦の町をぶらついていると、「電力王 松永安左エ門産湯の井戸」を発見。「電力王」「電力の鬼」と呼ばれた実業家で、耳庵の号をもつ茶人としてその名を知られています。神奈川県の箱根板橋にある「松永記念館」を訪れてその名を知ったのですが、ここが彼の故郷なのですね。
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 さてそろそろ芦辺港へ戻りましょう。やってきたバスに乗り込み、車窓からの壱岐風景をしばし満喫。対馬とのなんたる違いであることよ! 急峻な山地はなく、なだらかな丘陵と平地がほとんどで、水田と畑が随所に見られます。陽を浴びて輝くはさかけも、あちらこちらにありました。そして時々見かけるおいし、もといっ、愛らしい壱岐牛たち。この島の豊かさを垣間見ることができました。ただ乗る人降りる人、みなお年寄りで、高齢化・過疎化が進行していることを痛感。まあ若い人はバスではなく自家用車を利用しているのかもしれませんね。
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 印通寺港を通り過ぎて、五十分ほどで終点・郷ノ浦に到着です。バスターミナルの場所を確認して、さあ昼食をとりましょう。観光パンフレットで当たりをつけておいた「あじよし」で壱岐名物の生ウニ丼を堪能。ウニはあまり好きではないのですが、壱岐産のものは生臭さがなくたいへん美味しくいただけました。
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 近くの喫茶店で珈琲を飲みながら、今後の旅程を再検討。これから参加する壱岐交通の観光バスツァーはたいへんたいへん有難いことに、一人でも決行してくれます。あらかじめ電話で予約して、今日の午後コースと明日の午前コースに参加して壱岐の主な見どころに連れていってもらう予定です。問題は明日、先述した「宮本常一の足跡」という本で、勝本という港町が面白いという情報が得られました。明日の行程を確認すると、郷ノ浦→かつもと・イルカパーク→勝本の朝市→城山公園→亀石→焼酎工場見学→郷ノ浦という内容です。うむむむ(沈思黙考)、この際、亀石と焼酎工場はパスして、路線バスで勝本に行き、ゆったりゆっくりと徘徊して路線バスで郷ノ浦に戻ってくるというプランに変更しよう、決めたっ! 後で明日のツァーをキャンセルできるかどうか、壱岐交通の方に確認してみましょう。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2010-08-30 08:08 | 九州 | Comments(0)