2010年 10月 05日 ( 1 )

言葉の花綵37

 機械にもニンベンをつけて仕事をするもんだ。

 人のためではない。まして金のためなんかではない。ただ自分が納得できる仕事をしたいだけである。

 つまらない仕事というものはない。仕事をつまらなくする人間がいるだけである。仕事が味気ないのではない。味気なく仕事をするから、楽しくないだけである。

 職人というのは、人の役に立つ仕事をする人間です。その人間の仕事が楽しくないはずがない。楽しんで働けなければ、職人じゃないですよ。

 "遊び"に理解のある職場ほど、働きやすい。たとえ結果としてうまくゆかなくても、その"遊び"に寛容な職場は人を育てる。職場のふところが深いということだろうか。分刻み、秒刻みに能率をあげることばかり考えているような職場は息がつまるし、遊びと怠けの区別もつかないような人のもとで働くのはたまらない。

 薩摩では、切子は藩主の手厚い保護のもとで作られ、作品も庶民の手には届きませんでした。だから、お抱え主がいなくなれば、技術もすたれました。ところが江戸はお抱え主がいなかった。だから幕府がなくなっても、技術は残りました。江戸は民間だから残ったのです。(小関智弘 『ものづくりに生きる』)

 人文的教養、すなわち自分と異なる他者への共感可能性。(unknown)

 できれば、鯨のように優雅で頑健な肉体をもち、西も東もない海を泳ぎたい。(武満徹)

 人類は近い将来滅びるだろう、私は、来るべき知性のために、作曲をする。(高橋悠治)

 行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張、我に与らず我に関せずと存候。(勝海舟)

 子どもは液体を満たす容器ではない。それは火をつけるべきものである。(ラブレー 『第四の書 パンタグリュエル物語』)
by sabasaba13 | 2010-10-05 06:27 | 言葉の花綵 | Comments(0)