2010年 11月 04日 ( 1 )

「冬の小鳥」

c0051620_6224570.jpg 先日、山ノ神と岩波ホールで、「冬の小鳥」(韓国=フランス合作 2009)を見てきました。予告編を見たかぎりでは、韓国の孤児院を舞台にした少女のお涙頂戴風の物語であまり気が進まなかったのですが、彼女のたっての要望もあり、付き合うことにしました。時は1975年、舞台はソウル近郊の、カトリックの女子児童養護施設です。これはプログラムで教示してもらったのですが、当時、ベトナム戦争に派兵した韓国では、戦争孤児が多かったのですね。そこに父に連れられてやってきたのは、九歳のジニという少女です。再婚した父は彼女を足手まといとして、この施設に入れることにしたのですね。一人置き去りにされ茫然自失するジニ、固く心を閉ざし、笑いもせず口もきかず、修道女や寮母に反発を続けます。はじめはジニをいじめていた年上のスッキも、こうした彼女を気にかけ、やがてうちとけるようになりました。庭で見つけた瀕死の小鳥を二人で世話したり、花札を使って占いをしたり、台所にしのびこんでケーキを盗み食いしたりしているうちに、ジニは心を開くようになっていきます。しかしこの小鳥はやがて死に、ジニとスッキは施設の庭に埋め、小さな十字架をたてて墓をつくりました。
 この施設には養女を欲しがる人がしばしば訪れ、気に入った少女を引き取っていきます。あるアメリカ人夫妻がスッキに目を留めますが、彼女はジニに対して「二人で引き取られてアメリカに行こう」と約束をしました。しかし養女とされたのはスッキだけで、ジニは取り残されます。三度、約束を破られたジニ。一度目は「必ず迎えに来る」と約束した父親に、二度目は施設で行われた健康診断の際に「注射の針をさす時に必ず言う」と約束した看護婦に、そして無二の友だちスッキに。幼い子どもにとって、どんな約束であれ、それを破られることがいかに心を傷つけるか。絶望の淵に突き落とされた彼女は、仲間の持つ人形を粉微塵に引きちぎり、施設の門によじのぼって脱走しようとし、そして日曜日の礼拝への参加を拒否して布団の中でうずくまります。誰もいなくなると、ジニは小鳥の墓に行ってそこを掘り返し、大きな穴を穿って横たわり、自らの上へ土をかけていきます。死と再生… そしてフランス人夫妻の養女として引き取られることが決まり、彼女はこの新たなる人生を毅然と受け入れてパリへと旅立っていきました。
 ある意味では平板なストーリーなのですが、あっという間に過ぎ去っていった1時間32分。主人公ジニを演じるキム・セロンの演技の素晴らしさの為せる技でした。父親と過ごす時の無垢の喜び、父に見捨てられた時の絶望と悲嘆、友を得た時の喜びとその友を失った時のさらなる絶望。そして自らを葬ることによって蘇った時の希望と不安。仕草、表情、瞳の動きと輝きによって完璧に表現したその演技力には言葉もありません。上質の短編小説を読んだような、なにものにも代えがたい充足感を感じさせてくれる映画です。なお監督のウニー・ルコント氏は、このジニと同様の運命をたどった女性なのですね。彼女はこう語っています。
 この映画を通じてどんなメッセージを伝えたかったのか、と私はよく聞かれます。親に見捨てられて、新たに養子縁組の約束をしたという物語以上に、私は父への愛、私にとって決してあきらめ切れなかった、別離にもかかわらず力を与えてくれた愛について語りたいと思いました。この映画を、あきらめることのない人々、状況に抗う人々すべてに捧げます。

by sabasaba13 | 2010-11-04 06:23 | 映画 | Comments(0)